さくら
為広→吉継








厚く雲が掛かり、月も淡すぎる光しかもたらさない夜、邸を訪れると、その主の姿は無かった。
随分と暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷える。

さて、今日は何処へ行ったのだろう?

昼間は澄んだ水が流れる今は墨を流す川辺を歩く。
時折風に乗った桜の花弁が通り抜けた。
その花弁は尋ね人を思い起こさせる。
桜の様に可憐で儚げな印象。しかし、芯は真っ直ぐで強い。
だからこそ惹かれ、だからこそ怖ろしい。




暫く彼の人を想いながら歩くと、訪ねた邸の主が桜の幽鬼のように佇んでいるのを見付ける。

やはりこの人には桜が似合う。

白のみで形成された姿を桜の花弁達が包み込んで隠してしまいそうだ。そう思えるのだが声を掛けてはいけないような気がして、その姿をじっと眺める。

「為広…」

気配など消していなかったから、気付いてはいるだろうとは思っていたけれど、実際声を掛けられて僅かに動揺した。
ずっと向けられていた背中がゆっくりと振り返る。
そこには全ての感情を無くしてしまったような表情があった。

やはりこれはあの人の姿を模した幽鬼なのではないだろうか?などと馬鹿な考えが過り、自嘲が浮かぶ。

「…私は…何者だろうか?」

それは私が聞きたい位だ。貴方は何者?

「何者かになりたいのですか?」
「さて、どうだろうな…」

貴方は何者でもない。何者にもならなくて良い。
己の羽織を脱いで、冷えてしまっているだろう何者でもない人を包み込む。

「貴方は大谷刑部少輔吉継。その他の何者でもない」
「…そうか」




何者かになるなど、私が許さない。







本物の貴方だと確かめるようにきつく抱き締めると、安堵にも似た溜め息が聞こえた。









終わり 
 
恭さんが甘々な為吉書きたいと言ってたので、つい触発されて書いてみたら、
全く甘くない物が出来上がったよ!!

20090516 佐々木健