三河紀行 忠勝直政 |
家康の屋敷の書庫の前を通り掛かると、数人の小姓達が何やら騒ぎながら、書物を読んでいた。 「何読んでるの?」 「うひゃあ!」 サボっていたところに声が掛かったものだから、小姓達の驚き様に声を掛けた方も驚いた。 「そんなに驚かなくたっていいじゃん」 「いいいい井伊様!」 「[い]が多すぎ」 バタバタと読んでいた書物を隠す小姓達に、直政は苦笑を浮かべる。 「そんなに慌てなくても、言い付けたりしないよ」 自分の家臣なら容赦しないけどね。と綺麗な微笑みを浮かべる直政に、小姓達はひきつった笑顔でかえした。 小姓達が読んでいた書物は、桶狭間の合戦から三河統一までを、今後軍記にする為の覚書だった。 直政も家康が三河を統一してから仕え始めたので知らない事ばかりで、ちょっとした興味が湧く。 「ねぇ。これって平八は出てくるの?」 「平…本多様ですね。はい。初陣の頃から書いてありますよ」 小姓の言葉に直政の顔が明らかに明るくなった。 家康が今川方の人質から解放されるきっかけとなった桶狭間の戦い。これが忠勝の初陣だった。 (十四歳って!可愛い〜!) 特に忠勝の容姿について書いてあるわけではないのだが、恋する乙女(?)な直政には、勝手な妄想によって可愛らしい感じになっていた。 それから一向宗との戦い。 そして、三河を統一する吉田城の戦いで、直政の顔色が変わる。 そこに書いてあったのは…。 吉田城を落とす際、忠勝が一人の武者を組み伏し、兜を取ると、そこには自分(忠勝)と同じ位の、未だ幼さの残る顔があった。 「どうだ!俺の家来にならぬか。俺の」 忠勝は頷く少年武士を後方に引き連れていった。 その様子を叔父の忠眞は笑いながら見ていた。 といった感じ。 「誰!?これ誰!?」 突然騒ぎ出した直政に、小姓達が驚く。 そして、直政は「平八〜!」と叫びながら書庫から飛び出して行った。覚書を持ったまま。 「平八っ!」 直政が走って行った先は、もちろん忠勝のところで、挨拶も無しに部屋へと飛び込む。 飛び込まれた部屋の主、忠勝はいつもの事なので、至って冷静だ。 「なんだ、血相変えて」 「なんだ、じゃないよっ!無類の堅物かと思ってたけど、結構やんちゃしてたんじゃないの!?」 「やんちゃ…はぁ?」 「う〜…っ!呆けても、無駄っ!コレ誰!?」 直政は持ってきた覚書を忠勝に突きつける。 突き付けられた文書を、近すぎて読みにくいと思いつつ、読めば、吉田城での戦いの事で、更に直政が怒っている理由が解らない。 「吉田城――?」 「もーっ!俺の知らない所で、何、悪さしてんのっ!?こいつ誰?今も居るの!?」 「悪さ…」 悪さ等した記憶のない忠勝は頭を捻るが、それが気に入らなかったらしい直政が突然泣き出し、忠勝をポカポカ叩き始めた。 「うわぁん、平八の馬鹿〜っ!キライ〜っ!大っキライっ!うぇ〜んっ」 「お、おい。叩くな、千代」 万千代と呼ぶと余計に怒るので、千代と呼ぶと、直政の攻撃が止む。 「う〜…っ、でも好きぃ〜っ」 「!」 不意打ちチュウ☆ 好きか嫌いか、どっちやねん(小西ツッコミ) 少し落ち着きを取り戻した直政から、何が理由で怒っているのか聞いた忠勝は、この問題の人物を呼んだ。 「総次郎!」 「お呼びですか?」 襖を開けて入って来たのは、忠勝より二つ程年下の優しげな顔立ちの牧総次郎だった。 日頃なんだかんだでお世話になっている総次郎の登場に、直政はキョトンとする。 「牧さん?」 「吉田城攻めの際に家臣にしたのは、この牧総次郎だ」 忠勝の説明に、総次郎が頷き、微笑んだ。 「ああ、懐かしい話ですね」 「何やら勘違いしているらしい。その時の話をしてやってくれ」 溜め息を吐く忠勝と、息を飲む直政。 「…」 「あの時…忠勝様に押し倒されて、自分ももうここまでかと思った時に、忠勝様から『俺の物になれ』と、その時身も心もこの方に捧げようと…」 ガツン☆ 忠勝壁に頭打ちつける。 「平八…」 直政は忠勝の胸ぐら掴んで、怒りでひきつった笑みがうかんでいた。 「脚色するな!」 忠勝は、直政に胸倉わしづかみされ、軽く首を絞められながら、総次郎を睨み付けるが、総次郎は悪びれた様子もなく。 「私はそう聞こえたんですけどね」 「総次郎相手に、その気になるわけあるかっ」 あくまでも助ける気がない総次郎に、忠勝は単独で直政の説得に試みたのだが、直政の首を締める力は弱まらない。 「じゃあ、誰ならその気になるの?」 「う…」 「もーっ、何で黙るの!?ここは嘘でも『千代☆』とか言っとく所でしょ!?」 言い淀む忠勝に、直政がキレた。 そんな二人を見ながら、総次郎が笑いだす。 「はははっ。照れ屋ですからねぇ」 「お前はもう、黙ってろ!」 「うぇ〜っ、平八のバカ〜っ」 再び泣き出した直政に、おろおろする忠勝を見て、総次郎はまた笑いが込み上げてきた。 「じゃ、私は失礼させて頂きます。頑張ってくださいね」 ひらひらと手を振って出ていく総次郎に、基本的に温厚な忠勝も「後で殴る」と心に決めた。 「余計にこじれさせて…」 「う〜〜…」 目から大粒の涙を流す直政の頭を撫でる。 「泣くな。千代」 「じゃあ、答えてよ。…誰ならその気になるの?」 真剣な面持ちで訊ねる直政に、忠勝も覚悟を決めた。 「千代」 「…ホントに?」 未だ疑いの目を向ける直政に、言い切る。 「嘘は好かん」 「じゃあ、何でさっき答えてくれなかったの?」 「人が居る所で言うものではなかろう」 少し視線を泳がせる忠勝に、直政の調子が戻ってきた。 「照れてる?」 「…うむ」 無理矢理視線を合わせると、忠勝の目元が少し赤い事に気が付き、それが嬉しくなって、抱きく。 「…可愛い〜!可愛い!ねっ、ね?しよ?」 「は?…千代!」 突然の申し出に忠勝は驚き、そして、そのまま直政に押し倒された。 暗転(笑) おわった。 |
牧さん結構好きなんですが、実在か創作か微妙な人物なんですが…。 もうちょい勉強しろ? 20080108 佐々木健&司岐望 |