たまご
高虎×秀長



何やら昨日から主の様子がオカシイ―――
様子というより、姿勢がといった方が正しいか。
何か腹に抱えている。妊娠した女が腹を守るのと同じような感じだ。
考えていても仕方がない。聞いてみるのが早いか。

「秀長様」

「はい。なんでしょうか?」

書を書く手を止め、律儀にも此方に向き直る。やはり、左手で何かを抱えている。

「腹に…」

「腹?」

「何を抱えているのですか?」

「えっ?何も企んだりしてませんよ」

…脱力した。
ここまでこの人は天然だっただろうか?
その様子にクスクス笑いだす。

「すみません。冗談です。実はこれを暖めてまして…」

そういって取り出したものは―――此方の方が冗談と言って欲しい。鶏の卵だった。

「…卵ですか…」

大事そうに卵を両手で包み、悲しげな表情をする。

「昨日の朝、鶏が野犬に襲われましてね。その鶏、ずっとこの卵を暖めていたんです。なので私でどうにかなるか解りませんが、引き続き私が暖めているんです」

―――何と言うべきか…

何も言わない私に秀長様の表情が曇る。

「やはり、私が暖めたところで孵りませんよね…」

「いや、そんな事は…ないと思いますけど…」

孵るとは限らない。でも、秀長様には笑っていてほしい。
しかし、何て言えば良いのだろう?

「良いんです。私の自己満足ですから、数日暖めて無理なら諦めます」

そういって手で包んでいた卵を腹部に戻した。
何で上手い言葉一つ言えないのだろうか…何か…

「孵ると良いですね」

ロクな言葉が出てこない。それでも秀長様は嬉しそうに笑ってくれた。




―――数日後

「高虎!高虎居ませんか?」

秀長様が名を呼びながら走り回っていた。
何事だろう。あの人がそんなにも慌てる所はそうそう見れない。
急いで部屋を出ると、丁度、秀長様が部屋の前を通過するところだった。

「秀長様。どう…」

「ああ、其処に居たのですね!」

急に止まれなかったのか、数歩先に行き、また戻ってくる姿が何だか可愛い。
手にはやはり、あの卵を抱えている。よく見ると――穴が開いている。

「これは…」

「はい!孵りそうです!」

嬉しそうな顔を見た後、再び卵に視線を移すと穴から殻を破ろうとクチバシが覗いている。
廊下ではなんなので、部屋へ通し、座布団を出すと、秀長様は卵を其処に置き、自身は直に座る。

―――いや、それは貴方に座って貰う為に出したのですが、とも言えず。期待に満ちた目を一心に卵に注ぐ秀長様を眺めた。
ちょっと卵が羨ましい。
暫くそうしていると、今までくぐもった鳴き声がハッキリと聞こえた。

ピィピィ。

「頭が出ました!」

「出ましたね…」

ヒヨコは目にする事があるが、孵りたては初めて見る。あのフワフワそうな羽毛ではなく、ぺったりしている姿は何だかあまり可愛くない…。頭が出れば早いもので、すぐに殻から出てきた。
秀長様はヒヨコを掬いあげると、自身の顔まで持ち上げ、

「お疲れ様でした」

と嬉しそうに微笑んだ。




それから、ヒヨコの羽毛が白く成るまで、秀長様の部屋からはピヨピヨという声が聞こえ、秀長様の後ろを必死に付いていくヒヨコの姿があった。




やはり、ヒヨコに焼餅を妬きそうだ。




終わり。

ヒヨコ好き。

20060926    佐々木健