秋桜
正則×吉継







久しぶりの小春日和に朝から何だか心が躍る。

「今日は何だかご機嫌ですね」

日頃此処の屋敷を訪れては、ある意味此処の住人と勘違いさえされている為広もこの晴れ間に気分が良さそうだった。

「そうだね。やはり晴れの日は良いものだね」

そう言うと、可笑しそうに笑われる。
何か可笑しい事を言っただろうか?
首を傾げると、謎掛けのような言葉が返ってきた。

「久しぶりの晴れた日ですよ?」

一回り以上年嵩の為広はたまに人を見透かしたような言動を取る。
久しぶりの晴れた日。
ただそれだけでも、気分が良いのは可笑しいだろうか?

「ま、私の勝手な憶測ですけどね。多分吉継殿もどこかで解っていると思いますよ」

未だに疑問だらけの私を置いて為広は上機嫌で勝手知ったる人の家とばかりに台所へと消えて行った。


どこかで解っている…か…。







 
◇     ◇     ◇     ◇     ◇








そろそろ朝餉の頃かと思われた時、屋敷の外から大きな声が聞こえた。

「きーのーすーけー!!」

童の様な呼び掛けが何だか嬉しくて、慌てて部屋を飛び出すと、声の主、正則が晴れた空以上に晴れ晴れとした笑顔で手を振っていた。

「市松。どうしたの?こんな朝早く」

嬉しい気持ちを悟られない様に、敢えて普通を装うけれど、どうしても口許が緩んでしまうのは止められない。
こんな時は口許を全て覆っている口布があって良かったと思う。

「紀之介に見せたい物があるんじゃ!」
「見せたい物?」

そう言う割には正則は手ぶらで何も持っていない。
今日は何だか皆に不思議な事ばかり言われてる気がする。
そんな事を考えていると、正則がのしのし近付いて来て担ぎ上げられた。

「え!?い、市松!?」
「見せたい物は此処じゃ見せれんのじゃ!」

そう言って上機嫌で再びのしのしと歩き出すのを必死で止める。

「ちょっと待って!草履履いてないし、ってこのまま行くつもり!?」
「ぬお!?草履が無いのは不便じゃの」

うっかりうっかりと言って縁側に降ろされ、正則が草履草履と探して回る。
そこに何だか少し不機嫌そうな五助が大きな包みを持って現れた。

「殿、お出掛けでしたら、此方をお持ち下さい」
「これは?」
「平塚様に言われて用意致しました。弁当です」
「弁当…」

つまり為広は正則が来て出掛ける事を予想していて、これを用意させたという事で、更に正則が来るかもしれないとどこかで願う私の気持ちも見透かしていたらしい。
本当、あの人は食えない御仁だ。

「それで、あの方は何をしているのですか?」

呆れ顔で草履を探す正則を見やる五助に笑みが漏れる。

「草履を探してくれてるんだよ」
「はあ…」

盛大な溜息を吐いて正則が探し回る場所とは反対方向へ歩いて行った五助は、今度は草履を持って帰ってきた。

「あまり、ご無理はしないようお願いいたしますね」
「うん。気をつけるよ」

何だか母親の様な忠告を漏らす五助に苦笑を浮かべ草履を受け取る。
そして、未だ草履を探している正則に声を掛けた。

「市松。草履はあったよ」
「うお!?どこから湧いて出てきたんじゃ!?」

何事も真っ直ぐな正則は五助が来ていたのにも気付かなかったらしい。
そして弁当を渡された正則は五助に何やら細々と言われていた。








◇     ◇     ◇     ◇     ◇







ご機嫌そのままに弁当の包みを抱える正則と並んで歩いて行く。

「それで、何処に行くの?」
「内緒じゃ。付いてからのお楽しみじゃ」
「ふ〜ん…じゃあ、楽しみにしとく」

柔らかな日差しと心地好い風。
その風に揺れる薄に、もう秋なんだなぁと実感する。

「き、紀之介…」
「ん?」

少し歯切れ悪く名前を呼ぶ正則を見やると、その顔には緊張が滲んでいる。

「手…手を繋がんか?」

羽織の裾でゴシゴシ拭いて差し出される掌に、思わず噴き出しそうになるのを堪えるけれど、肩が揺れてしまった。

「駄目か?」
「ん〜。どうしようかな?」

少し悩んで見せれば正則の眉がどんどん下がっていくのが分かった。

「じゃあ、繋いであげる」

差し出されたままの大きな掌に包帯に包まれた自身の手を重ねれば、正則の顔はみるみる笑顔になって、やんわりと握られる。
温かい手の温度がじんわりと伝わってきて、心まで温かくなる感覚。

「さて、また出発じゃ!」

更にご機嫌に拍車が掛かったらしく、童の様に繋いだ手を振りながら歩き出す。







そして着いた場所は見晴らしの良い丘だった。

「見せたい物って此処?」

隣に立つ正則を見上げると、ニンマリ笑って手を引かれる。そして見えてきたのは、丘から見渡せる平原に一面桃色の花。

「わぁ…これって…」
「秋桜じゃ」
「秋桜…綺麗だね」
「この間見つけての。紀之介に見せたかったんじゃ」

病を得てから外出を減らした私に正則は季節を教えてくれる。
そんな優しさが嬉しくて、泣きたくなる。
でも、泣いたりして心配掛けたくないから、腕にしがみつく事で隠す。

「き、紀之介!?」
「ありがと。市松」

隠したつもりだったけれど、声が上擦ってしまい、失敗した。
少しわたわたした正則は弁当を置いて空いた手で抱き締めてくれる。

「秋が終わったら次は冬じゃ!雪が降ったらな、皆で雪合戦じゃ!そして正月には羽根突きじゃ!春になったら花見をしての。夏になったら…涼しいとこに行くぞ!それで秋にはまた此処に秋桜を見に来るんじゃ!」

次々と予定を立ててくれる。

「…うん。楽しみだね」




叶えられるか分からない予定。



だけど、叶えたい約束。








秋桜が風に揺れる。















終わり

秋桜は明治に日本に来たので、戦国時代にはないんですけどね。
どうしても秋桜使いたかったんです。
ちょっと切なくなっちゃったですね〜(汗)

現代版でも書きたいな。

20091119   佐々木健