夏音 正則×吉継 |
てっぺんから降り注ぐ強い陽射しの中、正則は馬を走らせる。 馬の蹄の音と短い命を必死で伝える蝉の声。 「っ…暑いのぅ…」 何処かに木陰で休みたくなるけれど、それよりも、この暑さに溶け掛けているであろう恋人に会いたくて仕方がなかった。 暑いのが苦手な恋人は夏になると機嫌があまり宜しくない。 暑いのなら少しでも薄着をすれば良いのに。と思うけれど、それは病のせいでそれは叶わない。 それは悲しい事だったけれど、正則は敢えて気にしないようにした。 「もうちょっとじゃ、もうちょっとだけ頑張ってくれよ」 正則は炎天下の中走る愛馬の首を撫で、恋人が居る邸を急いだ。 |
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邸に着いて馬を預け、そこからは勝手知ったるとばかりにずかずかと目的の部屋に向かう。 以前は色々と咎められたりもしたものだが、最近はとうとう諦めたらしく、誰も何も言わなくなった。 早く会いたいというのに、礼儀作法通りのやり取りが煩わしい正則にとって、有難い状況になってきたのだが、正則にはそんな事も気に留めてなかった。 吉継がいつも仕事をしている部屋の前に立ち中に居るであろう人物へ声を掛ける。 「紀之介〜」 しかし、中からの返事は無い。 もしかして、中で倒れてるかもしれない!と勢い良く障子をあければ、そこには誰も居なかった。 「あれ?」 何処に居るのだろう? 正則は「紀之介〜紀之介〜」と呼びながら廊下を歩き始めた。 幾つかの部屋を通り過ぎたところで障子を開けきった部屋にたどり着く。 そこに正則が探していた人物――大谷吉継が行儀良く横たわっていた。 「紀之介!」 最悪の事態を思い、慌てて口元に手を翳せば、細い吐息が掌に当たる。 それを確認して、正則の身体から力が抜けた。 「なんじゃ…寝とるだけか…」 思えばここは風の通りが良く、思いの外涼しいようだった。 落ち着いた所で正則は眠っている吉継を観察する。 眠る為に、今はいつも付けている頭巾も口許を隠す布も無く、衣も着流しのみと薄着だ。 色素の無い髪にそっと触れる。 幼い頃からその真っ白な髪はとても手触りが良く、さらりと指の間をすり抜けて落ちる。 小姓時代はその髪をからかってはよく投げ飛ばされたものだ。 今の自分があの頃の自分に会えるなら、自身を叱ってやりたいものだ。 吉継の髪をすきながら、正則は昔を思い口元に笑みが上る。 ひとしきり髪の感触を味わい、次に視線が向かったのは、露になっている唇。 恐る恐る指でそれに触れると、乾いてはいたが、柔らかな弾力が指に伝わり、慌てて手を引いた。 キョロキョロと辺りを伺う。 …誰も居ない。 吉継に視線を移す。 …起きる気配は無い。 「(ちょっと位…ええかな?)」 そろそろと吉継に被さり唇を寄せる。 後もうちょっとという所で止まった。 …止まったというより、吉継によって止められた。吉継の手が正則の肩を掴んだのだった。 「紀之介、起き…」 たんか?と言う言葉は続かず、吉継の突飛な行動に言葉が出なかった。 「!?〜っ〜〜〜!?」 何と、吉継に顎をに噛みつかれた。 |
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「ぅ…ん…」 正則を解放した吉継が目を覚ます。 …何だかお腹空いたかも…。 吉継にしては非常に珍しくお腹が空いていた。 それは夏バテのお陰でろくな食事を摂っていなかったからなのだが、どうやらお腹が空いたお陰で正則に噛みついたようだった。 「…あれ?市松?」 「おう…紀之介…起きたか?」 いつの間にか来ていた正則を認めて飛び起きる。 「き、来てたのなら、起こしてくれれば良かったのに」 「そ、そうじゃったな」 わたわたと髪を直したりして、落ち着いた所で正則の顎に付いている歯形に気が付く。 「市松…顎…どうしたの?」 「ぬお!?これは!!」 顎を隠す正則に近づき瞳で問い詰めると、正則が真相を話した。 「紀之介にちゅうしようとしたらな。…噛み付かれたんじゃ」 そういえば何か噛んだ様な気がしなくもないけれど…。 「へえ…市松は私の寝込みを襲おうとしたんだ…」 先程まで外で煩く鳴いていた蝉が一斉に泣き止み、寒い空気が辺りに漂い始める。そんな気がした。 慌てて正則が土下座で謝る。 「す、すまん!ちょっとした出来心だったんじゃ!」 「市松がそんな人だと思わなかった…」 少し涙声になる吉継に顔を上げると、目の前には満面の笑みを浮かべた吉継。 「でも、噛みついちゃったからね」 柔らかな物が唇に触れ、チュッと音を立てて離れた。 つまり、それは――― 「き、ききききにょ!?」 「まあ、たまにはね」 この暑い中会いに来てくれたから。 終わり |
ラブいマサヨシが読みたくなった。 なので、自給してみた。 どこかに素敵マサヨシ落ちてないですかね?ww 20090814 佐々木健 |