恋文
正則×吉継







「すぐに戻ると思いますから」

そう小姓に言われて、客間ではなく、正則の部屋に通してもらった。





部屋に入ると…黒い紙が散乱していた。
何やら書いたものの上から墨で消してあるため、何が書いてあったのかは解らなかったが、筆を持つ事が嫌いな正則にしては珍しいと思った。
床に散らばる、ほぼ黒い紙はたぶんゴミだろうけど、勝手に捨てる訳にはいかないから、とりあえず一まとめにして、机の上に置こうとした時、机の上に綺麗な字で綴られた手紙が目に入る。

「へぇ、字綺麗になったじゃない…」

まだ近習として居た時は文字すら怪しかったものだ。
読むつもりはなかったものの、「愛」だの「恋」だのの字が目に入る。

恋文…のようだ。

紙に折れ目がないから、正則が書いたという事で、一体、誰に?と咄嗟に宛名を見てしまったが、そこにある名は「福島正則殿」

「え?これって…」

では、誰からなのか? 差出人を見ると、絶句した。

差出人「大谷吉継」

一体全体どういう事?
自分は書いた覚えはないし、そもそも自分の字ではない。
もう一度宛名と差出人を見るも、やはり正則と自分の名がある。

こうなったら、もう内容を見てやる!

しかし、読み始めて、目がくらんだ。

簡単に言えば、私が正則の事を好きで、いつでも一緒に居たくて、正則にだったら何をされても良い。

そんな内容だった。


思わず鳥肌がたち、そして、沸々と怒りが湧いてくる。
この手紙、明らかに正則による偽造文書。

よくぞまあ、こんなおぞましい物を書いてくれたものだ。

そんな時、廊下を走る足音が近付いてくるのが解った。
足音が部屋の正面に来たと同時に障子が開く。

「紀之介〜!」

満面の笑みを浮かべた正則が姿を現した。

「市松」

対する吉継も笑顔だったが、此処に雪が降っていたら、確実に吹雪だ。そんな空気が吉継を取り巻いていた。
その空気を、人の気持ちに疎い正則だったが、流石に気付き、

「き、紀之介?」

部屋に入り掛けていたが、微妙に後退る。

「ねえ、市松。コレって一体なにかな?」

あの偽造恋文文書を持ち上げ、正則に向ける。
それを見た正則のみるみるうちに顔が青ざめ、体を外に向けようとする。

「市松?」

吉継の呼び掛けに正則の体がピタリと止まる。

「ねえ、どういう事か教えてくれる?」

吉継が近付くと、同じだけ正則が後退る。


それを繰り返して…庭に落ちた。
グギっ、ズルっ、ズシャ。

「いってぇ!」


あんなの書くから罰が当たったんだよ。
同情の余地無し。


縁側から庭を見下ろすと、正則が大の字で倒れている。

「市松、反省した?」
「…反省した」

ムクっと起き上がって、吉継を見上げる姿は捨てられた子犬のようだった。普通にデカイが。

まあ、コレを誰かに見せた訳でもなし、反省もしてる事だしって事で許してあげる事にした。

「怪我しなかった?」

吉継の纏う空気が柔らかくなった為、青ざめていた正則の顔に血の気が戻り、怪我は無いとコクコク頷き、立ち上がった。
背中に付いた砂利を払い落とすと、改めて、

「すまんかった…」

と神妙な面持ちで謝る。

「もう良いよ。私も勝手に読んでしまったし…ゴメンね」






部屋に入り、

「ところで、この手紙は処分して良いよね?」

伺ってはいるが、決定事項。

「あ〜…だ、誰にも見せんから…」

そろそろと手紙に伸ばされる手をペチっと叩いて、

「だ〜め!」

誰にも見せなくても、もしも誰かに見られてしまったらどうするつもりだ。

「じゃ、じゃあ、紀之介が書いた恋文が欲しい!」
「何でそうなるかな?」

呆れる吉継と顔をキラキラさせる正則。

「紀之介からの恋文が欲しいんじゃ。紀之介の素直〜な言葉でエエんじゃ。頼む!書いてくれ!」

手を合わせて頼み込む正則を見て、溜め息を一つ。

「もう…仕方ないなぁ…」
「書いてくれるんか?」
「素直な言葉で良いんだよね?」

吉継が書く気になってくれた事で、正則は満面、嬉しさをかくさない笑顔で頷く。

「書いてる間に見ちゃダメだよ」
「おう!」

吉継は筆を取り、紙にさらさらと筆を滑らせ、直ぐに書き終える。

「はい」
「へっ?早いのぅ」

吉継から受け取った手紙を見て、正則は複雑な表情をして考え込むが、暫くして、笑顔で吉継に抱きついた。



   『嫌いじゃないよ。


      福島市松殿
       
            大谷紀之介』






敢えて幼名で書いたのは、吉継なりの愛情表現です☆









終わり



自分宛のラブレター書いちゃうなんて、痛い子だよね正則…。
って朱斗矢に言われた。

確かに。

20061220   佐々木健