繋ぐ小指 正則←吉継 |
小指に巻かれた紅の糸は、 解く事の出来ない貴方への想い。 |
昨日よりも気持ち涼しくなった風に吹かれて、邸の隅に咲く芙蓉が薄桃の花を揺らす。 病の事もあり大半が薬用となる庭木の中、四季の移ろいを感じる為だけに植えたこの木は、夏から秋にかけての主役花だ。 「でも、もうそろそろ、花期も終わりか…」 華やかな花を青葉の陰に咲かせる姿は、まるで置いて行かれた者の様で、ほんの少し憐れになる。 それでも卑屈に見えないのは、諦めずに咲く強さに誇りを感じる所為かもしれない。 花から外した視線を、そっと手のひらに落す。 丁寧に折られた一寸程の和紙に、吉継が苦笑を浮かべた。 「これを、一体どうしろっていうのかな?」 最近、家の女性達の間で流行っている、些細な縁結びの願掛け。 女房の一人が、物は試しと押し付けてきたものだ。 呆れ顔で素色の包み紙を開くと、中には赤い糸が輪になって納まっていた。 小さく、肩を竦める。 腰を下ろした縁側の脇に包みを置き、陽光に透かすように糸を摘み上げれば、綿や麻では出ない優しい光沢が目に入った。 「本当に絹だ」 縁結びの願掛けは、赤く染めた絹糸でないといけないと言う。 決して安くはない素材を選ぶのは、恐らく綺麗だからという理由だけではないだろう。 (絹は、蚕から取れたっけ) 蟲を守るための、優しい檻。 この綺羅とした糸の繭で目を閉じて、蟲は生命を次代常しえに継いでゆく。 「───あやかって、良縁がずっと続きますようにって、言いたいのかな」 摘んだ糸を、左手の小指に絡ませる。 白い包帯に巻きつく紅色に、吉継は微かに肩を震わせた。 「……何を、考えてるんだろ」 本気にした訳では、なかったけれど。 一瞬でも、願ってしまいそうだった想いを隠すように、左手を握り締める。 「本当、何をしてるんだろう、私は……」 あの優しい人の隣に居るべきなのは、健康で、明るい女性であるべきなのに。 袖で隠した願掛けを、そっと胸元に引き寄せる。 想い人の名を口にするのが宣誓となるのなら、一生口にしない自信はある。 だが、蝕まれたこの指ではなく、巻きつけた糸の在り処が魂にあるのだと思うのならば。 (───次の…この身体が、朽ちた後の願いなら、許して貰えるかな……) 目を閉じれば、自分の名を呼ぶ声をいつだって思い出せる。 目を閉じれば、心配そうに支える腕の力強さだって感じる。 (これだけあれば、今生を生きてゆける) 「だから……」 小さく、息を呑む。 隠した願掛けが、指に食い込んでじんと痛む。 口付けるように袖口を引き寄せ、吉継は吐息のような呟きを口にした。 「───…市松」 きっと、次も貴方を好きになる。 終わり |
正則の告白前のお話。 20061108 司岐望 |