ありがとう
正則×吉継





丁度大坂に訪れていた時に聞いた噂

―――福島正則、大坂の邸にて何者かの襲撃に遭い、生死をさ迷っている―――

何かの冗談だと思った。思いたかった。
何をどうして良いのか分からず、立ち尽くすのを、周りの者に「とにかく、邸に向かいましょう」と言われなければ、足を動かす事さえ出来なかった。



どんな表情をしていたって良い。市松の顔が見たかった。








邸に着き、屋敷の者とどんなやりとりをしたかも覚えていない。
もしかしたら、何の言葉も交していなかったかもしれない。


正則が普段から使っている部屋の前まで来たものの、吉継は再び動けなくなってしまう。

市松が死んでしまう?

有り得ない事ではないが、信じられない。病持ちで、それ故正則が望む事を受け入れられず、離れていくとは考えた事はあるが、先に死んでしまう等考えた事も無い。

こんなにも私は、市松に寄りかかっていたのか…私はまだ何も返せていない。

自然と手を握り締める力が強くなり、弱った皮膚が引き攣れる。柔らかい指先に走る亀裂は深い皹(あかぎれ)の様で、じわりと包帯に血が滲む。



意を決して、障子を開くと、其処には床に臥せる正則の姿ではなく―――あぐらをかいて、鏡で額を眺める正則の姿があった。突如開いた障子と現れた人物に正則が驚く。

「うお!?紀之介!?どうしたんじゃ!?」
「市松?」

正則のあまりに間抜けな顔に、今まで力み過ぎていた体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。その姿に正則がとびあがって駆け寄り、体を支える。

「紀之介!大丈夫か!?」
「なんで?」

彼は生死をさ迷っていたのではなかったか?

驚きと心配の混ざった顔は、間違いなく正則で、支える腕から伝わる熱は生きているものの証しで、特に外傷も無く、強いて言えば、額にコブと痣ががある程度だった。

「市松…襲撃にあったんじゃなかったの?」
「は?なんじゃそりゃ?」

お互い現状把握が出来ず、正則は吉継を抱え部屋に入り、座らせるが力が抜けてしまってふら付く為、正則が後ろから抱えこむように座った。
少し落ち着いた吉継は、聞いた噂について尋ねる。

「なんじゃぁ!ワシゃぁ誰にも襲われておらんぞ」

カカカと笑う正則を、吉継は首をまわして、額を見る。

「このコブはどうしたの?」

手でさすと、その手が赤く染まっている事に気が付いた。

「紀之介!この手、どうしたんじゃ!?」

言われるまで、血が出ていた事に気がつかなかった。
包帯は既に血で染まっている。

「あれ?どうしたんだろ?」

自分の事なのに、呑気な吉継に、正則は慌てて側に置いてあった薬箱を手を伸ばして引きよせ、血で染まった包帯を外していく。

「痛くないか?」
「全然気がつかなかった…あれ?こっちの手もだ」
「そっちもか!?」

袖を長めにしているせいもあって、気がつかなかった。
こんなになるまで気がつかなかった事に、吉継は笑いが込み上げ、笑い出す。

「笑い事じゃないじゃろ!」
「だって…笑えるんだもの。ねぇ、それより、そのコブどうしたの?」
「これは…あんま言いたくない。ワシのコブよか、こっちが先じゃ!」

心配が杞憂に終わった事と、あまりにガラでもない自分に吉継は笑い続ける。その間も、正則は手際良く傷に薬を塗り、新しい包帯を巻いていった。

「よし、完了!まだあんま動かすなよ」
「ん、ありがと」

綺麗に巻かれた包帯を眺め、一人で座れるようになった吉継は、体を反転させ、正則に向き合う。興味津々といった表情で、

「で、おでこ。どうしたの?」

あくまで聞いてくる吉継に、正則は目を泳がせ、

「考え事しながら、ウロウロしとったら、柱にぶつかったんじゃ」

正しくは屋敷を揺らす程の強打。

「柱に気が付かない程、考え事してたの?」

止まっていた笑いが再び込み上げ、クスクス笑い出す。

「〜〜仕方なかろ。贈り物なんぞ、そうそうせんから…!」

つい口を滑らせたとばかりに、顔を歪ませる正則を、吉継が笑いを止め首を傾げ、見やる。

「贈り物?」
「う〜……あ〜!もう、何もかんも台無しじゃ!ちょお、待っとれ」

額に手をやり、ウッカリコブに触り「いてっ」と唸りながら隣の部屋へ行き、手に包みを抱え戻ってきた。
そして、吉継の目の前が白に覆われたかと思うと、肩に何か掛けられる。

「なに?」

確かめると、それは真っ白な衣で、白の中に細かい織り柄がしてあり、縁と結び紐は薄紫で飾ってある物だった。

「…やっぱ紀之介は白が似合うの」

自分が掛けた白い衣を纏う吉継の姿を見て、うんうんと満足そうに頷く。

「これって?」
「ワシから紀之介への贈りモンじゃ。いっつも白い衣ばかりじゃから、違う色にしよ思ったんだが、やっぱり紀之介には白が一番じゃな」

吉継は戸惑う、贈り物をされる理由がない。

「でも…」
「もしかして、気に入らんかったか?」

吉継の態度に、先の満足そうな顔から、うって変わって心配そうな表情になる正則に、吉継は慌てる。

「そんな事ないよ。ただ…贈り物をされる理由がないから」
「理由?そんな難しい事考えるんか」

気に入らなかった訳ではなかった事に安心する。だが、納得いかないのは吉継で、

「だって、祝い事とかある訳じゃないし」
「ワシが紀之介に着てもらいたかったから、渡すんじゃ。それにな。ワシはいつも紀之介から色んなモン貰っておる。そのお返しも込めてじゃ」

少し照れ臭そうに言うのに、吉継は疑問を持つ。

何をあげたと言うのだろう?
食べ物位しか思いつかない。

「解っておらんの。紀之介は」
「うん。全然解んない」

普段、自分の一枚も二枚も上手を行く吉継が降参した事に、正則は嬉しくなる。
目の前に座る吉継の手を取り、大事そうに包み込んだ。

「ワシは紀之介の…紀之介の中にワシの居場所を作ってくれた。少しずつ、ワシを受け入れてくれる紀之介の心を貰った。何よりの贈り物じゃ」

包み込んでいた吉継の手に顔を近付け、口付ける。

「市松…」
「じゃから、それは受け取ってくれぃ」

顔を上げ屈託のない笑顔を寄越す正則に顔を寄せ、精一杯の感謝を込めて吉継は口付けた。

「ありがと、市松」

一瞬何が起きたのか理解出来なかった正則だったが、瞬きを2回した後、頭から湯気でも出そうな位真っ赤になり、吉継に抱きつく。

「紀之介〜!!ワシゃぁ幸せ者じゃあ!…つ、次は布越しじゃなく…」

直に、と言いかける正則の額のコブを吉継が叩いた。

「いってぇぇ!」

痛がりながらも、抱きしめる腕を緩めない正則に苦笑しながら背に腕を回した。



―――いつも貴方の言葉に助けられてる。ありがとう―――










終わり。


暗い話のネタしか無い佐々木が、司岐と朱斗矢に「何かネタない?」って聞いて、
司岐が「正則が何者かに襲撃されて、生死の境をさ迷ってると聞き、慌てて駆けつける大谷さん。しかし、真相は大谷さんをメロメロにしようとシュミレーションしてたら、柱にぶつかっただけ、というオチ」というネタを貰った。
それに、前回入れ損ねた贈り物ネタも足して出来上がりました。
実は大谷さんも意外と正則の事好きだったみたいです(笑)


20061031   佐々木健