褒美
正則×吉継





敦賀―――大谷吉継邸


その一室で吉継は本日港に届いた荷についての書簡をしたためていた。
だが、そんな彼の背後には何やらへばりついているものがあった。
吉継はその背後のものを全く気にしない様子で筆を進めていたが、暫くすると、へばりついていたものが、もそもそ動きだす。
その事に吉継は筆を置き、へばりついているものに声を掛けた。

「市松。おとなしくしてるって言うから、許してるんだよ?」

その言葉に――へばりついていたもの――正則が顔をあげる。

「わしゃぁ、喋っちゃおらんぞ」

何にも悪い事はしてないと主張。

「それより、まだ終わらんのかぁ?」

吉継の肩に顎を乗せて覗き込む。そんな正則のデコをぺちっと叩き、

「こら。覗かないの。これで終わりだから、もう少しおとなしく待ってる!」
「うぅ〜」
「返事は?」
「解った解った」

そして、またおとなしく(?)吉継の背中にへばりついた。




暫くして、漸く全ての書簡を書き終えた。

―――やはり、以前に比べ字を書く速度も落ちている。もう、花押を書くのも限界だろう。

背後の正則に気付かれないように自嘲的な笑みを浮かべると、筆を置き、後ろの正則に寄りかかる。

「終わったんか?」
「うん。だから…うわっ!?」

書簡を出さなきゃと言おうとしたところで、後ろに引かれ、正則と共に倒れる。

吉継の視界に映るのは天井。背中の感触は床ではなく――正則だ。

「…ねぇ?何のつもり?」
「ん〜敷布団?」

その答えに吉継がおかしそうに笑う。

「寝心地悪いなぁ」

しかも、かなり間抜けな体勢だ。

「そうじゃなぁ。ワシもこれじゃぁツマラン」

言うが早いか、何がどうなったか、いつの間にか吉継に正則が覆い被さる体勢になっていた。
吉継が目を瞬かせると、正則は嬉しそうに笑う。

「やっぱ、こっちのが良い眺めじゃ」

そう笑みを更に深くして、顔を近付ける、それを吉継が手で押し返す。

「何するつもりかな?」

声は優しい、顔も笑っているが、目が怒っている。正則は少し怯みながらも、

「おとなしく待っておったんじゃ。褒美があったって良いもんじゃろ?」

交換条件でへばりついてた癖に。と吉継は思うが、何か褒美が無いと納得しなさそうだ。
正則は止められたせいもあって、うらめしそうに吉継を見ながらも、そのまま止まっている。
―――まさしく「待て」を言い渡された犬だ。

「もう、仕方ないなぁ…」

正則のそんな様子に、知らず何かしてあげたくなる。暫し考えた吉継は正則の首に腕を回すと、途端に嬉しさを全面に押し出し、近付いてくるが、

「市松は動いちゃ駄目」

その言葉に再び静止した。しかし先程とは違い、顔は期待に満ちている。
止まった正則を確認すると、吉継は頭を持ち上げて――額にくちづけた。

「〜〜!紀之介!普通、そこは口にするもんじゃろ!しかも布越しだし!」

正則がのしかかってくるのを、子供をあやすように、肩を叩く。

「重たいって」
「ワシは紀之介と接吻したいんじゃ」
「…そういう無茶な事言わないでよ」

真剣な正則に吉継は苦笑と共にはぐらかそうとするが、正則は聞かないつもりだ。



―――出来る訳が無い。何故そんな簡単な事を解ろうとしないのか。



正則は吉継の手を出させないように両肩の脇に肘をつき、視線を合わせる。吉継の目には怒りと悲しみが混ざり合っていたが、正則は笑顔で、

「心配すんなって。ワシは絶対大丈夫じゃ」

そんな事を言って笑う正則に釣られて吉継も目を和らげる。

「ふふっ…どうしたら、そんな自信が出るのかなぁ」
「健康だけがワシの取り柄じゃ」



―――どんなに頑張っても治してやる事も出来ないし、代わってやる事もできない。だけど少しでも不安や寂しさを取り除いてやりたいんだ。



二人で笑いあう。そんなどさくさに紛れて、正則は吉継の口許を覆う布を取り除こうとするが、

「い・ち・ま・つ♪」

正則の脇腹を吉継がギュ〜っと掴んだ。


うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!


叫び声が虚しく響いたのであった。







その声に驚いた五助が茶を吹き出した。
そんな話はまた別の話で。あるかもしれない。







終わり。


うきゃきゃ。
また書いてしまいましたよ。佐々木は!
やっちまいましたよ。
雨が続くのでコインランドリーで乾燥待ちしつつ、作成。

五助話は書けるのかは、ちょっと不明(汗)

20061007   佐々木健