脇差
清正×行長






虎之助、貴方にこれを渡しておきます。
貴方の大切な人に―――






懐かしい夢を見て、清正は目を覚ました。
それは、長浜城主となった秀吉を頼り、中村を旅立つ日の朝の出来事。
気が急いで、落ち着きの無い虎之助を座らせ、虎之助の母、伊都が、そっと出してきた二本の脇差。
それを見た虎之助は随分と驚いた。
武士を捨て刀鍛冶になった父は、虎之助が物心つく前に亡くなった為、顔すらも覚えていなかったが、武士を捨てた為か、自分の刀は一切持たなかった。と聞いている。
だから、この家では、農具や料理用の刃物以外無いと思っていた。
それなのに、目の前に置かれた二本の脇差。
虎之助の驚き様を見て、伊都は懐かしむ様な微笑みを浮かべる。

「これは、貴方が生まれた時、清忠様が作られたものです」
「父上が…」
「自分は武士を捨てた。しかし、虎之助、貴方は武士になるであろう。と、これをお作りになりました」
「…」

伊都の言葉を聞き、脇差へと視線を落とした。
飾り気の無い、質素とも言える鞘。
虎之助自身、名刀等見た事も無かった為、目利きが出来る筈も無かったが、姿も覚えていない父の、深い想いが感じられるものだった。

「虎之助、貴方にこれを渡しておきます。武士として、恥じぬ生き方をしなさい」
「はい!」
力強く返事をし、虎之助が顔を上げると、優しく微笑む伊都の横に父の姿を見た様な気がした。







◇     ◇     ◇     ◇     ◇






それから、この脇差を持ち、秀吉の為にがむしゃらに働いてきた。
何故二本あったのか、母に尋ねても、

「時期が来れば、貴方も分かります」

と返されるばかりだったが、今の清正には、理由が分かる。


―――かけがえのない。大切な人に―――


そんな人物が、清正には居る。
いつ渡すか。その時期が判らなくて、今まで手入れ以外は仕舞い込んでいた。
しかし、この夢を見たという事は、今が時期なのかもしれない。
身支度を済ますと、大切に仕舞っていた、もう一振りの脇差を戸棚から取り出した。
昔は解らなかった良さが、今なら解る。
質素ながらも、丁寧に鍛えられた刀身。
父が自分の為に作り上げた。
どんな銘刀よりも、清正にとっては、これが一番の名刀だった。


「父上…俺は、この世でかけがえのない人と廻り合いました。今日、これを渡そうと思います」








◇     ◇     ◇     ◇     ◇









「ふあ〜…エエ朝やぁ…寒いけど」

最近急激に気温の下がってきた朝に、まだ布団が恋しいが、行長はもそもそと布団から這い出て、縮こまった身体を伸ばす。
その行長の背後で何かが動く気配を感じた。
咄嗟に振り向いた先には、笑いを堪える清正の姿。

「な、ななな何で、虎がおんねん!」
「会いに来たから、いるんだろ」

ケロリと言ってのける清正に、行長は肩を震わせ、

「勝手に入ってくるなっちゅうねん!」
「起き抜けから、威勢が良いな」

猫が毛を逆立てて威嚇するような行長に、清正は口端を上げて笑む。

「……もう、エエわ」

清正の笑みに弱い為か、行長はガックリ項垂れた。
とりあえず、清正を部屋から出し、身支度を整えた行長は、少し急ぎ足で清正の待つ部屋へと向かう。

「待たせた」
「いや、勝手に来たのは、俺だしな」

何だか今更な言葉に、思わず笑みが溢れた。

「んで、一体どないしたん?」

夜這いなら、何度か仕掛けられた事はあったが、自分が起きるまで、大人しく待っていたのは初めての事だった。
行長の問いに、清正は少し不安気な表情を浮かべる。

「用というか…渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」

頷いた清正は、脇に置いていた箱を行長の前に差し出した。

「これを、受け取ってほしい」

神妙な雰囲気の清正に、行長は息を飲み、差し出された箱を静かに開いた。
其処には一振りの脇差。

「これは?」
「俺の父が作ったものだ」

脇差の由来を話す。
行長の瞳が不安に揺れた。
脇差に視線を落とし、ぽつりと溢す。

「そない、大事なもん。俺が貰ってもエエのん?」

―――俺に受け取る資格はあるの?

「お前だから、貰ってほしいんだ」

―――かけがえのない、大切な人だから

「返せ。言われても返さへんで」
「言う訳ないだろ」

耳まで赤くして俯く行長を、清正は、父の脇差ごと引き寄せて、愛おしさを込めて抱き締めた。








―――かけがえのない人。いつまでも一緒に―――











終わり
相互リンクしてくださったお礼に書かせていただいた文。
UPしそこねてました(滝汗)


20081103   佐々木健(書いたのは一年前)