脇差 清正×行長 |
虎之助、貴方にこれを渡しておきます。 貴方の大切な人に――― |
懐かしい夢を見て、清正は目を覚ました。 それは、長浜城主となった秀吉を頼り、中村を旅立つ日の朝の出来事。 気が急いで、落ち着きの無い虎之助を座らせ、虎之助の母、伊都が、そっと出してきた二本の脇差。 それを見た虎之助は随分と驚いた。 武士を捨て刀鍛冶になった父は、虎之助が物心つく前に亡くなった為、顔すらも覚えていなかったが、武士を捨てた為か、自分の刀は一切持たなかった。と聞いている。 だから、この家では、農具や料理用の刃物以外無いと思っていた。 それなのに、目の前に置かれた二本の脇差。 虎之助の驚き様を見て、伊都は懐かしむ様な微笑みを浮かべる。 「これは、貴方が生まれた時、清忠様が作られたものです」 「父上が…」 「自分は武士を捨てた。しかし、虎之助、貴方は武士になるであろう。と、これをお作りになりました」 「…」 伊都の言葉を聞き、脇差へと視線を落とした。 飾り気の無い、質素とも言える鞘。 虎之助自身、名刀等見た事も無かった為、目利きが出来る筈も無かったが、姿も覚えていない父の、深い想いが感じられるものだった。 「虎之助、貴方にこれを渡しておきます。武士として、恥じぬ生き方をしなさい」 「はい!」 力強く返事をし、虎之助が顔を上げると、優しく微笑む伊都の横に父の姿を見た様な気がした。 |
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それから、この脇差を持ち、秀吉の為にがむしゃらに働いてきた。 何故二本あったのか、母に尋ねても、 「時期が来れば、貴方も分かります」 と返されるばかりだったが、今の清正には、理由が分かる。 ―――かけがえのない。大切な人に――― そんな人物が、清正には居る。 いつ渡すか。その時期が判らなくて、 しかし、この夢を見たという事は、今が時期なのかもしれない。 身支度を済ますと、大切に仕舞っていた、 昔は解らなかった良さが、今なら解る。 質素ながらも、丁寧に鍛えられた刀身。 父が自分の為に作り上げた。 どんな銘刀よりも、清正にとっては、これが一番の名刀だった。 「父上…俺は、この世でかけがえのない人と廻り合いました。 |
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「ふあ〜…エエ朝やぁ…寒いけど」 最近急激に気温の下がってきた朝に、まだ布団が恋しいが、 その行長の背後で何かが動く気配を感じた。 咄嗟に振り向いた先には、笑いを堪える清正の姿。 「な、ななな何で、虎がおんねん!」 「会いに来たから、いるんだろ」 ケロリと言ってのける清正に、行長は肩を震わせ、 「勝手に入ってくるなっちゅうねん!」 「起き抜けから、威勢が良いな」 猫が毛を逆立てて威嚇するような行長に、 「……もう、エエわ」 清正の笑みに弱い為か、行長はガックリ項垂れた。 とりあえず、清正を部屋から出し、身支度を整えた行長は、 「待たせた」 「いや、勝手に来たのは、俺だしな」 何だか今更な言葉に、思わず笑みが溢れた。 「んで、一体どないしたん?」 夜這いなら、何度か仕掛けられた事はあったが、 行長の問いに、清正は少し不安気な表情を浮かべる。 「用というか…渡したい物があるんだ」 「渡したい物?」 頷いた清正は、脇に置いていた箱を行長の前に差し出した。 「これを、受け取ってほしい」 神妙な雰囲気の清正に、行長は息を飲み、 其処には一振りの脇差。 「これは?」 「俺の父が作ったものだ」 脇差の由来を話す。 行長の瞳が不安に揺れた。 脇差に視線を落とし、ぽつりと溢す。 「そない、大事なもん。俺が貰ってもエエのん?」 ―――俺に受け取る資格はあるの? 「お前だから、貰ってほしいんだ」 ―――かけがえのない、大切な人だから 「返せ。言われても返さへんで」 「言う訳ないだろ」 耳まで赤くして俯く行長を、清正は、父の脇差ごと引き寄せて、 |
―――かけがえのない人。いつまでも一緒に――― |
終わり 相互リンクしてくださったお礼に書かせていただいた文。 UPしそこねてました(滝汗) 20081103 佐々木健(書いたのは一年前) |