時にはあなたと縁側で 清正×行長 |
風に乗って運ばれてきた沈丁花の香りに、思わずくすんと鼻を鳴らす。 本格的な春の到来を告げに来た甘い便りに、行長は膝に乗せた仔猫の腹を擽りながら瞳を細めた。 「早いなぁ…」 梅の枝に粒立った、薄紅の蕾を眺めていたのはつい先日だ。 膝の上で丸くなる悪ガキが、鳥に釣られたのか木に登り、降りられないと鳴き喚いていた日だから間違いない。 行長は口元を緩め、梅の蕾のようなその小さな鼻先に指を伸ばした。 「お前、やんちゃが過ぎるで?」 ちょいちょい突くたび、むずがる子のように、嫌々をする仕草が堪らなく愛らしい。 逃げないのを良いことに暫く悪戯を仕掛けていると、廊下が軋む音に合わせて微かな溜め息が零れて聞こえた。 「――おい。そんなにちょっかいを掛けるな」 呆れた空気を滲ませた、低い声音に視線を投げる。 見れば思った通りの人物が、どこか不機嫌そうに腕を組んで見下ろしている。 「眉間、皺寄ってるで?」 真似するように眉を寄せると、男はどかりと隣に腰を降ろし、 「誰の所為だ」 どこか拗ねたように呟く様子に、行長は膝に陣取る虎縞の毛玉が原因なのだと気付き、吹きだしそうになるのを堪えて瞳を細めた。 たまには、日だまりの縁側で二人過ごすのも良いかもしれない。 |
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春らしい穏やかな陽気の下で、行長が僅かに肩を揺らす。 きっと、またろくでもない事を考えているのだろう。 何となく感じた仔猫への嫉妬を飲み込んで、俺は胡座の上に懐紙を広げた。 「何するん?」 菓子でも出すと思ったのか、行長が興味津々で覗き込む。 呆れ顔で細い拵えの竹細工を見せると、桃色の唇が残念そうに小さく尖った。 「何で縁側で耳掻きやねん…」 あからさまな落胆ぶりに、思わずこちらも肩が落ちる。 別にいいじゃないか。 これっぽちも興味が無い行長の口調に、本当はその猫を退かして、お前の膝枕で…って云うのが希望だったとは、とてもじゃないが言い辛い。 虎縞の毛玉を擽りながら、うにゃうにゃと、俺には解らない猫語を口にする様を眺めながら、竹細工を持ち上げる。 すると――― 「…なぁ。何でそのやり方なん?」 「?」 指摘された事が解らず、つい怪訝な顔になる。 耳に入れようとした態勢のまま眉を寄せれば、「それや!」と、苛立ったように指をさしてきた。 「だから何――」 「左耳の掃除するのに、何で左手が留守になんや!」 「――は?」 思わず間抜けたように返した俺の手から、竹細工が奪われて行く。 「右手で左耳の掃除なん、見てる方が怖いっちゅうねん!」 憤慨する行長から、代わりに毛玉が渡される。 突然放り出され、手の中でじたばたともがく仔猫をどうしたものかと眺めていると、 「早よ寝んかい」 「!」 ぐいっと耳たぶを摘まれ、視界が横たわる。 「おい――」 「余計な事したら、縁側から突き落とすから、気ぃつけや」 「―――」 図らずも訪れた幸運だったが、灸を据えられ、思わず口を閉ざす。 たまには、日だまりの縁側で二人過ごすのも良いかもしれない。 …大人しく。 終わり。 |
ちなみに、耳かき風景。 「あれ…上手くいかへ…ん、あっ、もう少しやのに…っ、あ、ちょ、あかん、それはそのままやないと…あ、落ちてまう…っ、や、あかん、あっ、大きい…っ!」 「―――」 無駄にイカガワシイ。 20080506 司岐望 |