時にはあなたと縁側で
清正×行長







風に乗って運ばれてきた沈丁花の香りに、思わずくすんと鼻を鳴らす。
本格的な春の到来を告げに来た甘い便りに、行長は膝に乗せた仔猫の腹を擽りながら瞳を細めた。

「早いなぁ…」

梅の枝に粒立った、薄紅の蕾を眺めていたのはつい先日だ。
膝の上で丸くなる悪ガキが、鳥に釣られたのか木に登り、降りられないと鳴き喚いていた日だから間違いない。
行長は口元を緩め、梅の蕾のようなその小さな鼻先に指を伸ばした。

「お前、やんちゃが過ぎるで?」

ちょいちょい突くたび、むずがる子のように、嫌々をする仕草が堪らなく愛らしい。
逃げないのを良いことに暫く悪戯を仕掛けていると、廊下が軋む音に合わせて微かな溜め息が零れて聞こえた。

「――おい。そんなにちょっかいを掛けるな」

呆れた空気を滲ませた、低い声音に視線を投げる。
見れば思った通りの人物が、どこか不機嫌そうに腕を組んで見下ろしている。

「眉間、皺寄ってるで?」

真似するように眉を寄せると、男はどかりと隣に腰を降ろし、

「誰の所為だ」

どこか拗ねたように呟く様子に、行長は膝に陣取る虎縞の毛玉が原因なのだと気付き、吹きだしそうになるのを堪えて瞳を細めた。







たまには、日だまりの縁側で二人過ごすのも良いかもしれない。







◇     ◇     ◇     ◇     ◇







春らしい穏やかな陽気の下で、行長が僅かに肩を揺らす。
きっと、またろくでもない事を考えているのだろう。
何となく感じた仔猫への嫉妬を飲み込んで、俺は胡座の上に懐紙を広げた。

「何するん?」

菓子でも出すと思ったのか、行長が興味津々で覗き込む。
呆れ顔で細い拵えの竹細工を見せると、桃色の唇が残念そうに小さく尖った。

「何で縁側で耳掻きやねん…」

あからさまな落胆ぶりに、思わずこちらも肩が落ちる。
別にいいじゃないか。
これっぽちも興味が無い行長の口調に、本当はその猫を退かして、お前の膝枕で…って云うのが希望だったとは、とてもじゃないが言い辛い。
虎縞の毛玉を擽りながら、うにゃうにゃと、俺には解らない猫語を口にする様を眺めながら、竹細工を持ち上げる。
すると―――

「…なぁ。何でそのやり方なん?」
「?」

指摘された事が解らず、つい怪訝な顔になる。
耳に入れようとした態勢のまま眉を寄せれば、「それや!」と、苛立ったように指をさしてきた。

「だから何――」
「左耳の掃除するのに、何で左手が留守になんや!」
「――は?」

思わず間抜けたように返した俺の手から、竹細工が奪われて行く。

「右手で左耳の掃除なん、見てる方が怖いっちゅうねん!」

憤慨する行長から、代わりに毛玉が渡される。
突然放り出され、手の中でじたばたともがく仔猫をどうしたものかと眺めていると、

「早よ寝んかい」
「!」

ぐいっと耳たぶを摘まれ、視界が横たわる。

「おい――」
「余計な事したら、縁側から突き落とすから、気ぃつけや」
「―――」

図らずも訪れた幸運だったが、灸を据えられ、思わず口を閉ざす。
















たまには、日だまりの縁側で二人過ごすのも良いかもしれない。





…大人しく。















終わり。




ちなみに、耳かき風景。


「あれ…上手くいかへ…ん、あっ、もう少しやのに…っ、あ、ちょ、あかん、それはそのままやないと…あ、落ちてまう…っ、や、あかん、あっ、大きい…っ!」
「―――」




無駄にイカガワシイ。


20080506   司岐望