もう一つの未練 清正→行長 |
昨日にまさる恋しさの 湧きくる如く嵩まるを 忍びてこらへ何時までか 悩みに生くるものならむ。 もとより君はかぐはしく 阿艶に匂へる花なれば わが世に一つ残されし 生死の果の情熱の 恋さへそれと知らざらむ。 空しく君を望み見て 百たび胸を焦すより 死なば死ねかし感情の かくも苦しき日の暮れを 鉄路の道に迷ひ来て 破れむまでに嘆くかな。 破れむまでに嘆くかな。 |
「…――」 船体を打つ波の強さから、この場所が陸地にはまだ程遠いのだと感じる。 ゆらりと傾ぐ度どこからともなく香る海の匂いに、男はほんの少しだけ眉を寄せた。 目を閉じた今、何故かあの男の顔ばかりが瞼に浮かぶ。 鼻先を擽る潮の香りは、咲き乱れる花のように決して芳しいものではなかったが、いつまで経っても妙な胸の熱さを感じて苦しくなる。 男はその鉛のように重い腕を持ち上げ、胸元に忍ばせた守り袋を取り出した。 端が擦り切れた古布を手探りで辿り、封じられた品の感触に深く息を吐く。 このように固く握り締めていれば、もう安心だ。 自分がこの手を開かない限り、この中を見られることは決して無い。 爪が白くなる程力を込めた掌に、十文字の形が伝わってくる。 「―――」 重くなって行く瞼の向こうに、またあの男の顔が浮かんだ。 |
もし次があるならば、今度こそ優しく出来るのに――。 |
終わり 何となく、二条城会見後の船上清正。 普段のキヨコニとは違い、小西とは通じ合えないまま ってか、萩原朔太郎は切ねぇ。 20080314 司岐望 |