金木犀
清正×行長






朝―――花の香りが行長の部屋へ舞い込む。
甘い、甘い香りに意識が覚醒へと導き、目を覚ました。
身を起こすと、その香りの元となるような物は部屋には一切無い。まだ、寝惚けた状態で行長は意識を巡らす。


―――なんやろ?どっかで…知っとる匂い。


…金木犀…


「!金木犀や!」

頭のハッキリした行長は突如立ち上がり、障子を開くと、金木犀の甘い香りが部屋へ一気に流れ込む。

視線を庭の一角に移すと、橙色の花を沢山付けた金木犀が甘い香りを振り撒いている。
行長は金木犀の香りが好きだった。理由は、

―――何だか美味しそうだから―――

それから、急いで身支度を整え、お気に入りの茶を用意すると、金木犀の木の麓に敷き物を敷き、腰を下ろした。おもいっきり空気を吸い込む。そして、満面の笑顔で茶を飲む。

この光景は毎年見られるもので、小西家では秋だという事が実感出来る。そんな光景だった。


暫くそこで過ごしていた行長は心地好い陽気にいつの間にか眠りこんでしまっていた。




一刻後。ようやく目を覚ます。目を覚ましたものの、暖かい陽気と甘い香りに目が閉じそうになる。
その時、行長はふと、今日の予定を思い出した。

「…あっ!あかん!今日、虎んとこ行くんやった!」

ばたばたと準備をし、馬に乗って飛び出した。
約束は昼。もう既に昼過ぎだ。

「虎、怒っとるかなぁ…怒ってそうやなぁ…ってか、絶対怒っとるわ」

一瞬、忘れた振りで行くのを止めようかと思ったが、後日余計に大変な事になってしまいそうだったので、とにかく出来る限り急いで行くしかないと、行長は馬をとばす。






そして、清正の屋敷に着いた頃には、空は赤く染まっていた。
清正の家臣達に「あまりに、ご到着が遅いので心配しましたよ」と言われ、まさかウッカリ寝過ごしたともいえず。皆に謝りつつ、馬を頼もうと厩へ向かい、馬を預けた。
此処に急いで来る事だけを考えて来たので、何の言い訳も考えていない。何と言い訳をしようか?と考えながら、後ろを向くと、言い訳をする相手が既に仁王立ちしていた。

まだ何にも考えてないのに!

小さくなりながら、上目で伺うと、仁王立ちしている人物の、平常時でもあまり機嫌が良く無さそうな顔が、明らかに機嫌悪そうに怒っている。
いや、怒っているから機嫌悪そうなんや。と行長は心の中でツッコミをいれつつ、バツが悪そうに頭を掻いた。

「あ〜…スマン。遅なった」

清正は無言で行長に近付いていく。
その態度にまた心の中で「黙殺かい!」とツッコミをいれていると、体が突然浮き上がった―――清正の肩に担がれたのだ。

そのまま部屋まで連行されました…。

部屋に入って行長を降ろしたものの、膝に抱えて離さず、行長は膝を跨ぎ向き合う形で座らされてる事も恥ずかしいが、先程から一言も話さない事に恐れが先にたつ。
どうしよう?と行長は頭を巡らす。

「虎…怒っとる?」
「甘い…」
「へ?」

清正の言葉の意味が解らず、改めて顔を見つめる。そこには色んな感情が混じり合った表情をした清正が居た。―怒り―心配―安堵―戸惑い―

「…何が?」

清正は行長を引き寄せ、首筋に顔を寄せる。

「甘い香りがする。香でも炊いたか?」
「香?炊いて…」

おらへん。と続けようとして気付く。

「金木犀…か…」

行長が口を開くより先に清正が呟く。木の麓で眠ってしまった為、香りが移ったようだ。

「あんな…」

遅れてしまった理由を話そうとする行長だったが、清正は甘い香りに誘われるように、首筋に口を寄せ、舐める。

「ひゃぅ!」

突然の行動に身を退こうとするが、支える腕がそれを許さず、少し身をよじるだけとなった。それでも少しだけ身体を離すと、何をするんだ!?という気持を込めて睨みつけるが、耳まで赤くなっていては迫力の欠片もない。

「旨そうな匂いをしている、お前が悪い」

口端を上げ笑むと、真っ赤になりながら、何か言いたげに口をパクパクと動かす行長のそれを塞いだ。

―――ただ噎せ返るだけの甘い香りだと思っていた。だが―――


―――甘くて旨そうだ。


唇を解放されると、恥ずかしさが頂点に達した行長だったが、

「き、金木犀からの贈りもんや!有り難く戴けや!」







次の日、清正に甘い香りが移り、行長は金木犀の香りを感じると、顔が真っ赤になるようになった。








終わり


またこんな話。
佐々木の玄関先に金木犀が植わってるんだよ〜。
たまに噎せます。

清正は、行長が来ないから探しに行こうかとも思ったんだけど、擦れ違いになっても困るかと必死に部屋で待ってました(笑)
この部分、本文に入れるつもりだったのに、入れ損ねた…。


20061011   佐々木健