清正×行長






誰もが晴れ晴れとした気持ちになれるような、ある晴れた朝。清正の屋敷は騒然としていた。

「殿!お願いですから、今日は寝ていてください!」

「うるさい。其処を退け…」

清正の行く手を阻むように小姓が立ちはだかるのを、清正は睨みつける。それに、少し気押されるが、小姓は一歩も退かなかった。

「聞こえなかったか…其処を…」

「駄目です。お通しできません!」

小姓が主の命に従わないのには理由があった。
昨夜、務めを終えた後から清正は体調を崩していた。

「なんの事はない。ただの風邪だ…」

「熱がおありじゃないですか!」

小姓の言う通り、清正は熱をだしていた。体が鉛の様に重く、今にも座り込んでしまいたい。が、やらなければならない事がある。だから、無理矢理起き上がってきたのだった。
だが、先程からのやりとりを聞き付けた他の家臣達によって、清正は寝所に戻された。
もう一度起き上がろうとするも、体が言うことを利かない。
頭もまともに働かず、清正は身体が訴えるのに従い、目を閉じた。
その様子に、側に控えていた小姓が安堵の息を吐いた。




清正が暫く眠っていると、部屋に入ってくるものがいた。
小姓が気付き、慌てて挨拶しようとするのを手で制し、小声で話掛ける。

「スマンね…起こしてまうとアカンから、勝手に上がらせてもろうたわ」

「あの、殿は風邪を…」

小姓が申し訳なさそうに、話すのを笑顔で答える。

「ああ、知っとる。せやから、薬持ってきたわ。これ、飲みゃ一発で良うなるよ」

その言葉に、小姓の顔が明るくなる。
行長は小姓を引き上げさせると、清正の額の手拭いをとり、桶に張った冷たい水に晒し、絞った後、再び額に置いた。
同時に清正の目がうっすら開く。

「虎、起きたか?」

「…彌九郎」

「随分声かすれとんなぁ。薬持ってきたさかい。起きれる?」

「ああ…」

先程よりは弱冠良いものの、緩慢な動きで身を起こすのを、行長も手伝い、肩を冷やさないよう、羽織を肩に掛ける。

「…すまん」

「気にせんでエエよ」

普段とは質の違う、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
こんな顔も出来るのだな――と霞掛る頭で清正は思った。

「せやなぁ。こっちの方が良さそうや」

そう言うと、包みを開け、椀に入れ湯を注いぎ、匙で掻き混ぜてから、清正に手渡した。渡された椀を眺める。

「不味そうだな…」

「美味いもんやないなぁ。ま、我慢して飲み。良薬口に苦しや。体も暖まるで」

一口含むが、味を感じない。ああ、熱があるからか、と他人事のように思いながら、数回に分けて飲み干した。次第に腹の辺りが暖かくなる。
暑いはずなのに寒気を感じる現在、この暖かさは心地良い。

「な、足寒い?」

突然の質問に何を言われているか解らず、行長を見やると、苦笑とともに、同じ質問が返ってきた。

「足、寒く感じるか?」

働かない頭がようやく理解する。

「…ああ、熱があるはずなのにな…冷えているようだ」

清正の言葉を聞くと、行長は困った表情になった。

「そか。じゃあ、まだ熱上がんで」

ウンザリした。というのが清正の素直な感想だ。

「何か暖めるもん貰うて来るで、おとなしく寝とき」

言うが早いか、行長は部屋を出ていった。
何だか子供扱いされていると感じたが、清正は言葉に従うというより、体の訴えに従い、横になった。
それから暫くして、行長が温石を手に戻る。清正は目を開けるのも億劫で、そのままにした。

「なんや。もう寝たんか」

行長は小さく笑うと、清正の足元に移動し、持ってきたものを布団の中に入れた。
冷えた足がじんわりと暖かくなるのを感じる。
そして、行長が横に座る気配がした。
何も話さず、身動きもしない。外で風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
静寂―――



足も大分暖まり、眠りに入りかけた時、行長が小さく呟いた。


「虎之助が具合悪いと、こっちまで調子狂うわ……はよ、元気になり…」


何よりの特効薬だと、清正は思った。







終わり。

ありがちな風邪ネタでし。
温石は江戸時代から使われたものらしいんですけどね。
他に見つけれんかったデス。
ってか!CP的な部分が無い?

20060921   佐々木健