飯田覚兵衛恋物語
覚兵衛→如清







森本の所へ、如安と行景に頼まれて(使われて?)荷物を持って来た如清。
縁側で森本からの返書を待ちながら、お持たせの小袖餅を食べようと包みを開く。

「うわぁ…もちもちや」

小振りで白くて柔らかくて。
早く食べ食べたくて、ついつい早口で感謝の十字を切り、手を伸ばす。

「ほな、いただきま〜…」

す、と口に入れた瞬間、吹かれた風に包みが飛ばされる。

「あ、あ、あ〜」

人様の庭に、ゴミ等置いていけるわけがない。
慌てて立ち上がり、如清はパタパタと追い掛ける。

「ん?何だこれ?」

覚兵衛は足元に飛んできた紙を拾い上げる。
そこに…

「うゎっ!ちょっ…」
「え?」

更に何かが飛んできて、覚兵衛はその飛んできた物を受け止めた。

「ひぅ…っ」

小さな動物の鳴き声めいた声が胸元から聞こえ、驚いた覚兵衛が慌てて引きはがす。
鼻でも打ったのか、少し涙目な青年が覚兵衛を見上げて瞬いた。

「あの、すんまへん、えらい勢いでぶつかってもうて…っ」
「!」

如清を見つめたまま固まっている覚兵衛に如清は首を傾げる。

「あのぅ…大丈夫?」

その姿に覚兵衛の胸が高鳴る。

『か、可愛い!』

いつもムサイ感じの奴等に囲まれて生活している覚兵衛にはとても刺激的だった(笑)

「如清殿〜。如清殿〜?」

向こうで如清を探す森本の声が聞こえる。

「あ、此処です〜」

覚兵衛が離さないものだから、如清は首を回して森本に答えた。

「あ……何固まってるんだ覚兵衛?」
「いや、あの。私がぶつかってもうて…」

すんまへん、と苦笑を浮かべた如清に、再び覚兵衛の胸がキュンとする。

「い、いや、対したことは無かったし!それで、あの、お客人は一体…」

ときめく覚兵衛に、如清がふわりと笑う。

「あ。私は――」
「まあまあ如清殿。それに挨拶は不要です。さ、行きましょう」
「え?良いって、あの、森本殿?」

素敵な空気に突然入り込んだ、森本の太い腕。
驚く覚兵衛に目もくれず、グイグイ如清を引っ張ってゆく。

「おい!ちょっと!」

叫ぶ声も虚しく、覚兵衛の手に残るのは小袖餅の包みだけ。



覚兵衛、行長だけでなく如清まで紹介してもらえず仕舞い。
暫くは「小袖餅の君」と呼んでるよ(笑)
「如清」って名前は覚兵衛的に恥ずかしくて言えない
後日、覚兵衛が大事に取っておいた小袖餅の包みを、清正が
「ゴミ?」
って捨てちゃって、大変だよ。





「無い!無い!」

机や引き出し、布団の下なとありとあらゆる物をひっくり返す覚兵衛に皆が首を傾げる。

「何を探してるんだ?」

取り敢えず埃が立って迷惑極まりないと森本が声を掛けた。

「無いんだよ!」
「何が?」
「こ、ここここ…」
「ここここ?鶏か?」
「違うわ!あ、あの…」

頬を染めてもじもじする覚兵衛に森本はサブイボが立つ。

(うわ、有り得ないくらい頬の色が乙女だよコイツ)

ぶるりと肩を震わせて、見てはいけないものを見たと眉を寄せる。
しかしそこは森本儀太夫。
腕を摩りながらも、頬を染める覚兵衛に、取り敢えずはと再び声をかけてみる。

「だから何が無い」
「こ、こ、こそ、んっ、うおっほん!おっ、俺の宝物だ!」

拳を握り、どもりながらも言い切った覚兵衛に、森本の眉が益々寄る。

「そんな大事な事なら、早く言わんか」

盗みなどと不届きな出来事、放っておけるわけがない。
自慢のヒゲをくるりと撫で、森本は詳細を確認しようと文机を指差した。

「して、どんな形状だ?事細かに書き出してみろ」
「書くのっ!?」

突然の指示に、覚兵衛の声が裏返る。

「お前の宝物なんだろ?一人で探すより皆で探せば早いだろうが」

腐れ縁といえど幼なじみの宝物なら探してやりたいと森本は思う。

「か、描けと言われてもだな…これくらいの紙だ」

これくらいと覚兵衛は手で四角を作って見せた。

「は?」
「だから、ここここ小袖餅の…包み紙だ」
「はあ!?」

なんだってそんな物が宝物?といった森本をよそに、覚兵衛は再びもじもじとする。

「じょ、如清殿と…会った時の…」

そういえば覚兵衛は如清に会った時固まっていた。もしかして…。

「お前、如清殿に惚れたのか?」
「ほ、惚れ!?」

的確な指摘に覚兵衛の顔は真っ赤だ。
これは間違い無い。
そして、やはり清正と覚兵衛は好みが似てるんだと、森本はどこかで思った。

(まぁ、子供の時から一緒に過ごせば、不思議じゃないか)

うむ、と頷いた森本が、畳の目を弄る覚兵衛に親指を立てる。

「よし、分かった!俺に任せろ。お前はもう一度、念のために部屋を探しておけ」

キラリと光る、歯が眩しい。

「宜しく頼むっ!」

男らしい台詞を背に、森本は緩む口元を引き締めながら、一路清正の部屋へと向かった。

「と〜の〜。と〜の殿!」
「…犬猫のような呼び方はやめろ」

森本の呼び掛けに不機嫌そうに清正が顔を覗かせ、無駄にご機嫌な森本を睨み付ける。
こんな事が許されるのもやはり昔馴染みだからだろう。
清正の睨みも気にせず、森本は清正の顔に近付く。

「旦那。良いネタありまっせ☆」

胡散臭い事この上ないが、清正は森本がもたらす情報は信頼している。

「どうした?」
「な・ん・と。覚兵衛が恋に落ちちゃいました☆」
「は!?」

あの戦馬鹿の覚兵衛が恋!?
流石の清正も驚いた。
崩していた胡座を思わず正し、間近に迫る森本の顔を見返す。
くるりとキマった自慢のヒゲが、笑いを堪えているのか上下に動く。

「…本当に?」
「本当に☆」

むふふ、と零れる声に、また少し清正と森本の距離が縮まる。
人の恋路は元来興味ないが、清正にしてみても覚兵衛ならば家族も同然。
正則の恋の告白が突然かつ衝撃的だった分、身近な人間の甘酸っぱい恋愛話に、むくむくと好奇心が沸き上がる。

「俺と面識ある?」
「多分面識率は9割」
「何で9割なんだよ」
「面識はあるけど、認識はしてなさそうだから」

大変失礼極まりないが、やはりこれも幼なじみの成せる技。

「で、誰なんだ?」

顔が近いのと、人の秘密を聞くのとで、自然と声が小さくなる。

「なんと…小西殿に関係のある人です」
「彌九郎に?」

清正も覚兵衛とは好みが似ている事は認識している。だから覚兵衛には行長を会わせまいとしてきた。
そんな覚兵衛が行長に関係している人に恋をした。
つまり、相手は行長ではない事に清正は内心ホッとしたが、行長の回りで覚兵衛が恋に落ちる人物が思い浮かばない。

「小西殿の親族には会いました?」
「一応あるが…」

行長の父、隆佐は秀吉の下に居たからよく会った。
行長の母は、ねねの祐筆をしていて、会った時はあまりに行長に似ていて、ドキドキしたものだ。
あとは行長の兄弟…。
弟の行景は顔を会わせると突っ掛かってきたな。
そんな感じか。

「小西殿のお兄さんは?」

行長の親族について話す清正に、森本が行長の兄について尋ねる。

「兄?居たか?……ああ、居たな。何だかうっすら」
「まあ、確かにボンヤリな人ですけど」

やっぱり面識はあっても認識はしていなかった事に森本は肩を落とした。

「本当、昔から自分の興味外は、全く眼中ないんだもんなぁ。やっぱり言うんじゃなかった」

反応がつまんないー、と失礼極まりない台詞をつけ加え、大仰なため息をつく。

「何か、今一つ盛り上がりに欠けるっていうか?」
「気にしてるだろ、十分!」
「もー、これじゃ覚兵衛が恋に落ちた瞬間を教えるの、やめちゃおっかなー」

時に森本という男は、面倒だ。
清正は精一杯の「聞きたいデス」という眼差しを添えて、口を開いた。

「だから、彌九郎の兄がどう繋がるんだ!」
「どう繋がるっていうか、ご本人」
「本人って…彌九郎の兄か?」

案外あっさりと答えた森本に少々肩透かしを喰らった感と、意外な人物だった事に驚くべきか、落胆するべきか…。

「ほら〜。驚き足りない〜!」

くるんと巻いた口髭を左右に伸ばし、森本が仰向く。

「いや、一応驚いたんだが…」

彌九郎の兄といえば、如清といっただろうか。堺の奉行をしている。とは知っているが、なにぶん会った事があったかどうかさえあやしい。
いや、確か会ったと言うか、見た事はある。
随分と温和そうな人物だったような気がする。

「それで、なんで覚兵衛が彌九郎の兄に恋するんだ?」
「なんでって先日此処にいらしてたじゃないですか」
「来てたのか!?」

その事に清正は心底驚いた。
行長程でないにしろ、如清だってそれなりに役を持つ人間だ。
堺から本人がわざわざ来なくても、代理が立ってもおかしくない。

(それに、堺が絡む話なんて、聞いてないぞ)

何をしに来てたのか、と無言で小首を傾げる清正を見て、森本が再びげんなりした表情で肩を落とす。

「殿〜来客位、全部覚えておくのが普通でしょう?って言うよりも、その『気付いてなかった』的な顔やめて下さいよ、本当」

小西殿が見たら、指差して笑われますよ?と、まるで見たことでもあるかのような森本に、思わず清正も拳を握る。

「仕方ないだろ『気付いてなかった』んだからっ!」

さっさと言え、と言う剣幕にも動じず、森本が肩を竦めて小さく笑う。

「はいはい。ほら、おやつに小袖餅が出た日。あれ、如清殿が持って来て下さったんです。小西殿と食べたでしょ?」
「ああ、二日程前の日か…」

清正は小西家の小者が持って来たんだと思っていた。
小袖餅はある意味、行長に宇土へ戻って来いという合図でもあったから。
そして行長は餅を食って帰っていった…そういえば隣に背格好の似た人物が居たような……。

「あれか!」
「それだ!」

森本には清正の回想が見えていたらしい。
ずずいっと再び近寄って、含んだ笑いをにやり浮かべる。

「その人ですよ、旦那☆餅持って門前で『すんまへん。彌九郎に会いに来たんやけど、今居てますか?』って、ぶっちゃけた尋ね方をしてくれたり、春風のように覚兵衛の心を桜色に染めていった、ちょっぴり天然なボンヤリさん!」
「―――」

何だか途中、誰かの名前を呼び捨てにした気がするのは気の所為か?
そうは思いながらも、覚兵衛の心が桜色に染まっちゃった瞬間が気になる清正。

「それで、覚兵衛が恋に落ちた瞬間は?」

核心に迫る質問をすれば、近い顔が更に近付く。
端から見れば異様な光景だ。

「瞬間…実は…」
「実は?」
「見てないんですよ〜☆」

俺ったらうっかりさん。と髭をくるくると指で遊ぶ森本に、清正はその髭を引っこ抜きたい衝動に駆られた。

「見てないって、お前…」
「ああ、でも大体は分かりますよ。如清殿が覚兵衛にぶつかったらしいんですよ。それで、如清殿を受け止めたらしい覚兵衛が一目惚れしたらしいんですよ、如清殿を抱き締めた(誇張)まま固まってたから」

身振り手振り付きで説明する森本に、清正は頭を抱える。

「ちょっと待て…それは…」

自分にもそんな経験がある。
初めて行長に会った時と何か被ってるような気がしなくもない清正であった。

(絶対にコイツに気付かれないようにしないと…)

若きあの日、華奢でキラキラで甘い匂いがして、ツヤツヤな唇から零れた柔らかい行長の上方言葉に心を鷲掴みされちゃったんだ☆なんて、死んでも知られては駄目だ。
思わず、森本の視線から目を逸らす清正。

「あー…うん。それは、アレだな。人間、突然の出来事に意外と左右されるし、あんな華奢な体が不意に自分の腕に飛び込んで来たら、何ていうか、免疫が無い奴はイチコロだろうな」

うんうん、と物分かりの良い顔付きで頷く。

「まぁ、仕事に支障が出ない程度に、ときめく分には構わないんじゃないか?」
「あれ?何か、実感篭ってますね」
「――いや?」

図星だ。

「実は殿もそんな経験があったり?」

離れてた期間とかあったし〜。とニヤニヤと笑う森本に、清正は思わず視線をそらしてしまった。

(しまった!これでは肯定してるようなもんじゃないか)

しかし、反らしてしまったからには元に戻せない。

「そういえば〜。殿と小西殿の馴れ初めってなんですかぁ?」

ニヤニヤも絶好調な森本が尋ねる。

(気付いてやがるコイツ!)

どう誤魔化そうかと背中に嫌な汗が流れつつ考えていると、外からデカイ声が聞こえてきた。

「儀太夫〜!やっぱり部屋には無いぞ!儀太夫!」

絶賛探し物中の覚兵衛だ。
その声を聞いて森本が小さく舌打ちをし、清正は解放されると胸を撫で下ろした。

「覚兵衛、何やってるんだ?」

騒がしい廊下に視線を遣り、首を傾げる。

「あー…アレは、小袖餅の包み紙を探してるそうですよ?」

話の腰を折られた森本だったが、そういえば忘れていた、と付け足して肩を竦める。

「小袖餅の紙?」

何それ?と思わず繰り返す清正。

「何でも如清殿と会った時のらしくて、『宝物だ』とか言ってましたよ」

包み紙なんて見付からないですよね〜。と笑う森本に、清正はその小袖餅の包み紙に心当たりがあるような気がした。
昨晩覚兵衛の部屋の前に落ちてたような…更にゴミだと思って捨てたような…………。

「マズイ…」
「何が?」

独り言だったのだが、無駄に顔が近い森本には丸聞えで、清正は白状するしかなかった。

「俺、それ…捨てた」
「え〜!?」

驚いて大声を出す森本の口を咄嗟に押さえる。

「仕方ないだろ。廊下に落ちてたら、ゴミだと思うだろうが」

でも、覚兵衛の宝物らしき小袖餅の包み紙を捨ててしまった事実は変わらない。

「どうしよう…」

恋する男の盲目っぷりは、清正自身も体験済みだ。

「どうしようって、捨てちゃったんでしょう?」

モガモガと掌の下から返事を寄越す森本に、助けを求めるような視線を投げる。

「頼む!絶対、覚兵衛には言うな!彌九郎が食べ散らかした包みが、どこかにあるかもしれないからっ!」

言い終わるが早いか手近な書物をパラパラ捲り、間に挟まっていないかと探し出す。
その姿に言いようの無い哀愁を感じた森本だったが――

「も〜。偽装は駄目ですって。だってほら」
「殿〜!こっちに儀太夫来てないっスか!」

スパン!と遠慮無く開けられた向こうを指差して、残念でした、と肩を竦めた。

「か、覚兵衛…」

今会ってはならない人物、覚兵衛を目の前にして、清正は焦る。
まだ自分の宝物を捨てられた事を知らない覚兵衛は、普段と様子の違う清正に首を傾げた。

「どうしたんすか?」

どうしたと聞かれても、答えたくない清正は余計に焦るばかりだ。

「覚兵衛…あ、あのな…」
「あの包み紙な。殿がゴミだと思って捨てたそうだ」
「「!!」」

何言ってんの、この人!?
と、互いの心中それぞれで、叫ぶ清正と覚兵衛。
ヒゲを弄る森本を見下ろした覚兵衛の肩が、微かに悸く。

「殿…それ、本当っスか…?」
「う…」

手にした本を、気まずそうに閉じた清正が口ごもる。
覚兵衛だって、清正の幼なじみだ。
その仕種に答えを見つけ、ぶるりと再び肩を震わせた。

「クソ虎ーっ!!」








恋した男はどんな時でも熱いモノ。
その後は懐かしい鬼ごっこの始まりでした☆


















おわる。


加藤家のやつらはどうも小西家の人物に弱いらしいw
森本は如安に好感を抱いてます。
庄林は行景にLOVEになりました。

20080825   司岐望&佐々木健