運命 というには あまりに 脆い 【豪雨】 |
白く煙るほどに激しい雨の日だった。 たまにはと外に酒を一人で飲みに行ったらその雨に出くわした。 傘を購入して、からり、からりと下駄を鳴らして歩く。 案外心地いいかもしれない。 傘の外は土砂降りの雨。 遮断された世界は案外心地いい。 「…誰だ?」 遮断された世界の橋に濡れるのも気にせずに立つ人影があった。 こんな時分に増水した川に身投げではあがらないだろうなと考えた。 それが誰かと気がつくまでは。 「…大谷殿?」 まさかと思いつつも口に出したその名前は確かに橋に立つその人だった。 しかしその声は雨の音にかき消されたらしくその人に届く事はない。 その名を知ったのはつい最近だった。 廊下を歩いているところを知人が教えてくれただけだった。 聞く限り大らかなその人となりは尊敬できたし、それなりに武勇にも知勇にも優れていると聞いている。 あぁ、すごい人だな。 とそう思っただけだった。 けれど、気が付けば小走りで近寄り傘を差しかけていた。 「…」 見上げてくる瞳は幼い。 「…どうかされましたか?このような雨の中」 射抜かれたように固まったまま、暫し時間が過ぎた。 やっと出てきた言葉は安い誘い文句のように聞こえた。 「雨にあたるのが、好きなんです」 小さく呟くようにそう告げられる。 それでは悪いことをしたな。 と思いつつも傘はさしかけたままになっていた。 「平塚殿は、どうされたのです?」 気まずい沈黙を破ったのは目の前の少し自分より背の低い男だった。 聞かれた事よりも何故名前を知られているのかが聞きたかった。 身分も上のものに言われたのだから、何を置いても答えるべきとは思ったが、知らず疑問を口にしていた。 「何故、名前を?」 「あぁ、教えてくれたんです。平塚為広というのは使えるらしいと」 大谷殿はびしょ濡れで、長い髪が額に頬に張り付いていた。 「滅多に人を褒めない奴だったから、本当なんだなと思って色々調べさせていただきました」 楽しそうに悪戯を告白するように話す男は、人に語られ自分の中に作られた大谷吉継とは別人のようだった。 「とにかく、風邪を引かれては大変でしょう」 夏の雨とはいえもう秋も近づいてきている。 そのまま、というわけにもいかないだろうと思う。 「大丈夫ですよ。寒くないですし」 確かに言っている表情は雨の中とは思えぬ程に晴れやかだ。 「そういう問題ではありませんよ。大谷殿」 「平塚殿は心配性なんですね」 そっと触れた手は冷え切っていた。 これで風邪を引かれたらこちらの寝覚めが悪くなる。 「とにかく、屋敷に行きましょう」 「私はいいですよ。お酒、飲みに行かれていたのでしょう?」 臭いがしたのかそんなことを大谷殿は言った。 だが、それがなんだと言うのだろう? 確かに飲んではいたがそれだけだった。 しかももう帰りだ。 「…一緒に飲んだ方とか居ないんですか?」 「いたら、その人も連れて話しかけますよ」 少し呆れたような声になったことは許してもらおうと思う。 とりあえず目の前の冷え切った体をどうにかしないといけない。 なんでこんなに自分がこの男に心砕いているのかわからないままで。 「湯でも浴びてきてください」 近かった己の屋敷に連れて行き湯を浴びさせる。 「大谷殿」 言っても動かない男を見てため息混じりに名をよんだ。 「平塚殿の屋敷だぞ?私が先に入るのはおかしいでしょう?」 それが当然と言わんばかりに見つめ返される。 身分の差というものを考えてほしいものだと思う。 「そんなことは、目下の者に言うことじゃありませんよ」 不思議な男だとそんなことを思いながらやはり呆れた口調で話しかけた。 いつもは綺麗に隠す素がこの人の前だと少し出てしまうのは困ってしまう。 戸惑ってしまうに近いかもしれない。 「…目下なんて、俺は思っていない」 案外強い口調に視線を合わせれば真っ直ぐと見つめてくる目とぶつかった。 意思の強そうな真っ黒の綺麗な瞳。 思わず手に入れたいと。 そう願ってしまうような瞳だと思った。 「すいません。思い違いをしていたようです」 知人にされた説明ですごい人だと思ったのは本当で。 けれど、本当は馬鹿にした気持ちもあったのだ。 きっと下は下に見ているような。 上に立つ者特有の考え方をしているのだろうと思ったのだ。 それは勘違いであったようだけれど。 「何がですか?」 少しむっとしたような話し方に苦笑してしまう。 何故かとても優しい気持ちになったけれど。 「大谷殿は、面白い」 純粋な興味にしては少し不純物が混ざりすぎている気がする。 「なんなんですか?俺は面白くないです」 ますます拗ねる大谷殿がなんだか可愛く感じてきてしまって、自分でまずいと自覚する。 「大谷殿、私と友達になりませんか?」 「…なんでです?」 「友人に風呂を先に勧めるのは、おかしいことではない。でしょう?」 「それは「それとも、私とは友達にはなりたくないですか?」 卑怯な言い方をしたが、きっと彼は逆らえない。 短い時間の中で、それなりに観察していた。 好意を抱いた者に邪険にすることはきっと彼はできないはずだ。 「平塚殿は、案外強引だし卑怯なんですね…」 呟くように言われた言葉に笑ってしまってから手ぬぐいを渡す。 「強引ついでに、名前で呼んでください」 「為広殿と?」 「いえ、為広と」 「…なんか、悪い物につかまった気がします」 言われた言葉にまた笑った。 離せる気がしない。 それは朧げな思いではあったけれど確かに感じていた。 「大谷殿は、逃げ切る自信がおありですか?」 「私は名前で呼ばせて貴方はそれですか」 拗ねたままの言葉。 聞いていたものよりも幼い仕草に笑ってしまう。 「では、殿でいいですか?」 「なんでそっち?」 幾分表情の柔らかくなってきている彼を見ながら、とりあえずどうやって風呂に追いやろうか考えていた。 …その後。 なんだか上手くはめられた気さえしている。 湯につかりながらそんなことを思った。 「最初の態度と全然違うじゃないか…」 最初橋の上で傘を差しかけられた時はどこか馬鹿にしているような感じを受けた。 話している時もそれは変わらずに、暫くしてからどことなく優しくなって。 今では過保護だといっても過言ではないくらいに甘やかされているような気がする。 そんなことを考えながら吉継はそれまでのことを思い返していた。 話しながらすたすたと歩く為広…殿に戸惑いながらも着いていった。 着いた先は風呂だったらしく、笑顔のまま押し込まれて、そのままにこやかに。 『帯、濡れてて外れにくいですよね?』 なんて言われて外されて、風呂に先に入るしかない状況にされていた。 「…なんなんだろう?」 いきなり名前で呼べとか、友達になれとか。 そういえば五助も心配しているかもしれない。 ただの散歩にしては長すぎるだろう。…しかも雨だし。 そんなことをぐだぐだ考えながら風呂に浸かっているとふらりと意識が傾く。 あれ…? どうにかする前に自分が意識が遠のいていった。 「…風呂、熱すぎましたかねぇ?」 家人に言われて様子を覗きに風呂に入ってみれば意識なくぐったりと風呂の淵にもたれかかっている人を見つける。 そっと顔にかかる髪を撫でて見ると上気した頬がそっと覗く。 自分にそっちの気はなかったはずだ。と言い聞かせながらそっと風呂から上げる。 成人男子にしては少し軽いかもしれない。 そんな体重が腕にかかった。 そっとそのまま風呂から出て脱衣所の所で体を丁寧に拭いていく。 綺麗な肌だとそう思った。 濡れてしまったものの変わりの着物を着せてまたゆっくりと持ち上げて布団を用意させた座敷に向かう。 「…み…ず」 小さく呟かれた言葉にこんなになっていれば当たり前だろうな。 と冷静に考えながら布団の上に下ろす。 冷たい井戸の水で濡らした手ぬぐいで目元を覆う。 出来たら水も飲ませてやりたかったが、流石に意識が戻らないと無理だろうと考える。 「殿」 ゆっくり語りかけるように言いながら、まだ濡れている髪を梳く。 「殿」 ゆっくりと意識が浮上してきているのか、ぴくりと手が動いた。 「…だ、れ?」 朦朧としたままで言葉が紡がれる。 それに答えることはせずに起き上がらせて水の入った湯のみを口元に持っていく。 ぱさり と目元を覆っていた手ぬぐいがその際に落ちた。 「水です」 言えばそろりそろりとゆっくり水を口に含む。 「…俺、風呂」 飲んで落ち着いたのかそんなことを殿は言った。 気にしないように言いながら、風呂でのぼせていたことを伝えてやると、恥ずかしそうに俯いた。 「すいません」 呟かれた言葉をききながら、笑みさえ浮かべてしまったのはきっと彼があまりに可愛らしかったからだ。 「殿、もう少し気をつけてください」 「だから、殿ってどうなんだ?」 違うところを拘る吉継殿を思って、手をださなかった自分を褒めてやりたくなった。 終わり |
書き直しとか。受け付けますから。 力一杯受け付けますから!! あれです。途中まで書いてあったのを長くしただけですし…ばさりと言ってやってください。 初めはあまり好きではなかった為ですが、落ちました。 きっとその表現が適切ではないかと思います。 そんなかんじで 「為ちんと大谷の出会い」 なんですが…なんですが…。 すいません。もうなんていうか…すいません。 あぁ、せっかくお褒めの言葉をいただいたのに…こんなんしか出来ない管理人を許してください。 砂上の夢の恭さまからいただきましたvv 恭さまのトコの為ちんが大好き過ぎ!! ゴロンゴロンしちゃうくらい(どんなんや) 本当に、有難う御座いましたvv その後のお風呂辺も頂いちゃいましたvv 有難う御座いますvv 20071009 20071109加筆 |