唇の温度
清正行長
このお話の二人は、普段書いている話の数年前、清正が設計士一年目のはなしです。







加藤清正、社会人一年目の冬。
仕事のコツも、何となく分かり始めた今日この頃。
黙って座っていれば、既にベテランの雰囲気すら感じさせたが、やっぱりそれでも一年目。
体の大きさも相まって、イベント事の手伝いに駆り出される事もしばしばだ。
そして―――。


(早く帰りてぇ…)

噎せる程の甘い香りと人込みに、清正は眉を顰めて溜め息をついた。
何しろ、周りはどこを見てもチョコレートと女性ばかり。
会社のレクの買い物だから、と付き合わされたものの、甘いモノが苦手な清正は、辟易した気持ちが隠せずに今や壁の華状態だ。

(こんな甘い食い物に、喜ぶ奴が解んねぇ)

ぼんやりと眺めた手近な店先にも、『チョコレート入り』とか『キャラメル入り』とか、チョコレートの中に更に甘い物を詰め込んだ代物が山積みで、一体何をしたいのかが理解できない。
しかし――。

「―――」

同じ店のショーケースの中に、少しだけ気になる物が一つ。

(『ブランデー入り』なんてのもあるのか)

世の中の需要を、考えている店もあるものだ。
これなら、苦手な人間でも食べれそうな気がする。

(…口移しで食べたりしたら、あいつ、どんな顔するかな…)

甘い物も酒も好きな年上の恋人を想い、清正の心臓が小さく跳ねる。
ほんのり酔って、メロメロな時間を過ごしちゃったりしたら、次の日はお互い大変かもしれない。

「…――」

普段なら絶対買う事は無いけれど、会社用に買った袋を持っている今なら、不自然じゃないだろう。
興味津々にこちらを窺っていた店員に、清正は視線を向けた。

「この、ブランデー入りを一箱」









いざチョコレートを買ったものの、やはり渡す側というのは気恥ずかしい。
行長との付き合いは長いものの、実は決定的な言葉を伝えた事も、伝えられた事もなかった。
今回がちょうどいい機会だろうと清正は考える。
拒絶される事は無いと思うが、何だか怖い。
そんな事を考えてしまう事に、清正は笑った。


まあ、何とかなるだろ。と部屋に無造作に置いていたある日。

ピンポーン♪

「きよまさー居てるー?」

行長の声が聞こえた。
これは酔っ払っている。絶対。
溜め息を吐きつつ、会える事にちょっと嬉しくてドアを開けると、案の定赤い顔して上機嫌な行長が立っていた。

「また飲み過ぎか?」

行長は飲み過ぎると意外な行動に出やすいので、清正としては心配の種なのだが、行長が飲み過ぎたお陰で今の二人の関係はあると言っても過言ではなかった。
説教臭い清正の態度にも、行長はえへへ。と笑い、清正に抱き付いてきた。

「おい!」
「もう動けない〜」

ケタケタ笑う行長を引き摺って部屋の中にいれると、机の上に置いていたチョコレートを目敏く見つけられた。

「なぁ、これ、どないしたん?」

清正に引き摺られたまま、その包みを取る。

「え?あ、それは!」

突然の事にワタワタと慌てる清正に、行長の顔に悪戯っ子的な笑みが浮かぶ。

「これ、バレンタインチョコやんな?」
「ああ…」

完全に恥ずかしさに耳まで赤くなってる清正にが何だか可愛らしくて、いじめたくなってしまう。

「清正にこない高級チョコくれる人が居たなん…知らんかったわぁ」

行長が困った表情をして見せると、一瞬呆気に取られた清正が、誤解だというように首を振った。

「じゃあ、コレは何なん?」

楽しそうに笑う行長に、清正も覚悟を決めた。

「…あんたにだよ!」

そう言うと、行長の顔がキョトンとなった。

「マジで?」
「大マジだ」






計画も何もあったもんじゃない渡し方に、何だか情けなくなる清正だったが、行長のこの表情が見れただけでも良いかと思った。






その後もケタケタ笑う行長に、当初予定していた口移しを決死の覚悟で実行しました。










終わり。


まだ清正が純情だった話(笑)

20080214   司岐望&佐々木健