君という花
正則×吉継






「吉継、ただいまー」

玄関先で靴を脱ぎながら奥に向かって声をかけると、キッチンから冷蔵庫の開閉する音が聞こえてきた。

「おかえり。暑かったでしょ?」

ひょこりと顔を見せてくれた愛妻(言っちゃった!)に、一日の疲れが吹き飛ぶような感覚を覚えながらも、正則は纏わり付く熱気に顔をしかめた。

「うむ…暑いちゅうか、ベトベトする」

梅雨が明けそうな今頃の空気は、何だかじっとりと重たい気がする。
冷えたミネラルウォーターを受け取り、ほんの少しうんざりしたように呟くと、バスタオルを手にした吉継が風呂場を指差し小さく笑った。

「湿気があるもんね。シャワーでも浴びて来たら?」

さっぱりするよ?と、小首を傾げる吉継に、思わずごくりと喉が鳴る。

「なら、一緒に入らんか!?」
「――正則。もう一度、外出する?」

にっこり笑顔で、しっかり拒否。
ふるふる首を振りながら、優しい香りのバスタオルを抱きしめると、

「う…いや、今日はもう出たくない…」
「そう。じゃ、ご飯作るね。あ。洗濯機に入れる前に、ちゃんとポケットの中見てね。たまに飴とか入ってるから」
「うむ…」

うぅ…吉継と一緒にお風呂☆の夢が、叶う日は遠い。

キッチンへ向かう背を眺め、零れそうになるため息を飲み込んで、言われた通りズボンのポケットに手を入れる。

「――あ」

指先に当たった小さな塊に思わず漏らすと、吉継が足を止めて振り返った。

「また飴?」
「違う違う!」

首を振る正則に、吉継が小首を傾げる。

「これ!忘れてたっ!」

大股で近付きその白い掌を掴み、握っていた物をそっと乗せる。

「何を…って、髪留め?」

薄い青色のプラスチックで出来た、可愛らしいクリップに、吉継が小さく瞬いた。

「どうしたの、コレ?」
「生徒に貰った」

蝶が羽根を広げているその品物は、見てるだけで涼しくなる。
掌から拾い上げ、正則は吉継の頬にかかる髪を掬い取った。

「…と、ほら、良い感じじゃっ」

色素の薄い吉継の髪に、薄青の蝶がキラキラ光り、正則は満足そうに頷く。
指先でその存在を探った吉継は、小さく息をついて正則を見つめた。

「これじゃ、まるで女の子じゃない?」
「そうかの?よく似合ってるから、関係ないじゃろ!」

抱きしめたいくらい!と騒ぐ正則をぐい、と押し返し、吉継が口元を緩ませる。

「分かったから、早くシャワー浴びておいでよ」
「入ってる間に、取ったりせんか?」
「しないよ。結構快適だもん。ありがとう、正則」

吉継の言葉に、胸の奥がくすぐったくなる。
もう一度キラキラした吉継を見つめ、正則は照れたように頭を掻いた。

「おう!」







終わり。

大谷さんの髪に、蝶々クリップがついてたら可愛いだろうな、と思っただけ。
たぶん、小西は前髪ちょんまげにしてくれますよ。
直政は普段から愛用してます。

20070716   司岐望