素直になれない君と僕
清正×行長

性的表現有。お気をつけ下さい。







師走も半ば過ぎ、年越しまで両手で指折り数えられる今日この頃。

「はぁ〜…今日も残業、お疲れさん、っと」

マンションのエントランスに足を踏み入れ、頬に感じる寒風が去ったことに行長は気付く。
早く部屋に帰りたいと、つい考えてしまう瞬間だ。
丁度一階に着いていたエレベーターに滑り込み、立てていたコートの衿を直す。
動き出した箱は、すぐに目的の階に行長を運んでくれた。

「う〜っ、早よ風呂入ろ」

疲れが溜まった体には、やっぱり風呂が一番だ。ビールでも飲みながら風呂水を入れようと、行長は自室の鍵を取り出した。

ガチャリ。

「あ…」

形の合わない鍵穴。

「またやってもうた…」

此処は行長の部屋ではない。誰の部屋なのか解りきっているのだが、視線を上に上げて表札を確かめてしまう。

【203 加藤】

加藤清正の部屋だ。行長の部屋は303号室。ちょうどこの一階上。
以前から、飲み会後酔っ払って間違えたり、仕事に追われ睡眠不足で寝惚けて思い込んだりして自室と間違えたりしていた。
まあ、意図的に此方に来る時もあったのだが、今日は酔っ払ってないし、疲れてはいるが寝惚けてもいない。本当に部屋に帰ろうとしていたのに、間違えた。
それも仕方のないような気がした。303号室にはここ一ヶ月の間に2〜3回しか帰ってない。
ほとんどこの203号室に泊まっている。泊まっている、というより、住んでいるようなものだ。
習慣とは恐ろしいもので、手が勝手に2階のボタンを押し、足が勝手に此処に向 かわせたのだ。

恋人である清正の部屋に―――

清正本人には認めた事は無い。素直じゃないから。

様々な事を考え、それでももう自室に帰る気を無くしてしまった行長はドアノブに手をかけ、鍵の掛っていないドアを勢い良く開いた。


「ただいまー。清正、おるー?」

部屋を間違えた事への気恥ずかしさも相俟って、行長は大袈裟な程声を張ると、今や指定色になっているクリーム色のスリッパを手に取った。

(うわぁ…しかも「ただいま」って言ってもうた…)

やはり、習慣は恐ろしい。 少し頬を染め、リビング・ダイニングに続くガラス扉を押し開ける。
程よい空調が、行長の冷えた体を包み込んだ。

「暖かい〜」
「少し風が出てきたからな」

ソファのある方向から、気遣うような男の声がした。

「せやな」

自室では、帰宅早々こうはいかなかっただろう。
マフラーと鞄を手にした行長が、置き場所代わりに椅子を引く。

その時。

「あれ?何やの、コレ」

ダイニングテーブルの上、キッチンに程近い少し涼しい場所に鎮座する、見るからに洋菓子と思われる白い箱。

コートと上着を手早く脱いで、行長は部屋の主に声を掛けた。

「コレ、駅前に出来た新しい店のやん」

気にはなっても、流石に男。一人で入るには勇気が足りず、帰宅時間は閉店後ということもあり、いつかはきっと思っていた店だ。

「開けてええ?」

箱から目線を外さずに問うと、ソファから、男の笑う気配がした。

「止めても開けるだろう」

ご尤も。

許可が下りた所で箱を開ければ、中には果物を扱った品々が納まっていた。

「うわ、旨そう。なぁ、どれ食べる?珈琲煎れたるし」
「全部食え。珈琲はありがたいな、頼む」

笑うだけで、決して動こうとしない清正。普段決して他人任せにしないだけに、行長は怪訝な気持ちで振り返った。

「お前、それ…」

行長の驚愕の声と途切れた言葉に、ソファに腰掛け本を読んでいた清正が行長に目を向ける。

「どうした?」
「どうした?やあらへん!なんやの、その足!」

行長の言う足とは、清正の右足は紺のスリッパを履いているが、左足には白い包帯が巻き付いている。
行長の指摘に、ああ、と頷くと、

「2、3日安静だそうだ。骨には異常無い」

リビングに移動した行長が清正の前に仁王立ちする。

「せやのうて!…いや、それも肝心なとこやけど…俺が聞いとんのは、なしてそない足になったんかって事や」
「歩道橋の階段から落ちた」
「はあ?」

基本的に慎重な清正が階段から落ちるなど考えられない。
納得いかないといった行長の表情に、清正が面倒臭いといわんばかりの溜息を吐く。

「前を歩いてた子供が足を踏み外したんだ」
「…それを助けようとして、自分が落ちたんかい」
「そんなところだ」

もうこれ以上この事に触れてくれるなという態度に、清正が照れてる事を悟った行長は、清正の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「偉いですね〜清正君。ご褒美に珈琲いれてあげますね〜」

ニカっと笑って、からかうように言ってやると、目元を少し紅くして睨んでくる。機嫌が完全に下がらないうちに行長は珈琲をいれにキッチンに向かった。






ストックの中から、清正の好きな銘柄を選び、珈琲専用で使用しているカップを温める。

「ん〜、えぇ匂い」

ドリップしながら、行長は先程の足を思った。
大事無いとは云え、数日安静ということは、日常生活に多少支障が出るのだろう。

「なんや、風呂とか面倒臭そうやしなぁ…」

カップを手に、小さく唸る。

自分なら、夏場ではないから余り気にならないと言う所だが、清潔好きな清正にしてみれば、包帯を外してでも入るに決まっている。

「診てへんけど、階段落ちて骨イッてへんねやったら、捻挫やろな」

ちゃんとしないと、今後も癖になりかねない。

ふむ、と頷くと、行長はカップを手に清正を振り返った。

「なぁ、この苺の乗ってるの貰ってえぇ?」
「あぁ、好きに食え」

本を閉じ、珈琲を受け取りながら苦笑する清正は、端から選ぶ気がない様子だ。
行長は、赤い宝石みたいなタルトを取り出すと、

「お前は?」
「俺は…」

いらないと返そうとした言葉に行長が被せて言う。

「コレ、助けた礼に貰うたんやろ?」

礼には及ばないといったのだが、どうしても受け取ってくれと言われて持たされたものだった。

「ああ…」
「なら、お前が食わな、礼のあげ損やん。コレならイケるやろ」

箱から丸い形のスフレチーズケーキを取り出し、清正の左側に座ると、皿を差し出す。
左手で受け取れば良いものの、右手を出してくる清正を不審に思い、左手を見れば、殆んど袖に隠されているが、左手首にも足同様包帯が巻かれていた。

「…手首もかい!」

隠していた訳では無いが、ばれた事にバツの悪そうな顔をする清正。

「他にはあらへんやろな?」
「ない」

嘘を吐く質ではないから、本当だろう。
行長は大袈裟に溜め息を吐くと、ケーキの乗った皿を膝に乗せ、

「しゃあないやっちゃなぁ。俺が食わせたるわ」

フォークでケーキを切り分け、清正の口に運ぶ。

「…利き手は使えるぞ」
「でも、皿は支えられへんやろ」

ダイニングテーブルなら大丈夫だろうが、リビングにあるのはローテーブルで、テーブルに置けば前屈みで足に負担が掛りかねない。行長の様に膝に置けば手で支えねばならない。

よって、食べさせるというのだ。
普段だったら絶対にしない事に、今度は清正が不審そうに行長を見やる。

「お前…面白がってるだろ」

いつまで経ってもフォークに刺したケーキを食べてくれないので、それを自分の口に放り込むと、

「ひど!心配して親切にしてやってんのに?」

明らかな作り悲しい顔だったが、そういえばと思う。
行長は普段面倒臭がりなのに、病気や怪我の看病は妙に張り切るところがある。
今回もどうやらそのスイッチが入ったらしい。

「悪かったな…」
「ほなな、はい。あ〜ん」

素直に謝ると、コロリと笑顔に戻り、再びフォークにケーキを刺して運んでくる。
清正は口を開けてケーキをさらう。スフレチーズケーキは柔らかく、舌の上で溶け、控え目な甘さが丁度良い。

「美味いな」
「ホンマになぁ。こない美味い店やったら、今度行く価値あんねんな」
「そうだな」

行長の嬉しそうな顔につられる様に清正も笑った。

「気に入ったか?」
「うん。せやけど、行くんは足が治ってからやなぁ」

自分の食べる合間、さながら親鳥の様に清正にケーキを運びながら、行長が小さく嘆息する。

その落胆ぶりに、清正は自由の利く右手を差し出すと、

「すぐに治る」

行長の口端についたソースを指で拭い、くすり、と肩を揺らした。

「な…っ」
「子供みたいだぞ」
「…アホ。人の顔に付いてたモン、勝手に舐めるな」

機嫌の良い清正を、行長が呆れたように振り仰ぐ。

「なぁ、湿布とかあるんやろ?貼り替えたるし、出しぃ?」

はい、と出された行長の手の平を、清正は静かに握り返した。

「風呂に入ってからな」
「やっぱり入る気かい!」
「当たり前だ」

なんでコイツはいつも自信満々なんだ!と言いたい行長。

「医者に止められへんかった?」
「いや、特に。なるべく、お控え下さい。と言われた位だな」
「それって、止められてるようなもんやろ…」

だがもう何を言っても無駄だろうと、諦めモードの行長の手を引き寄せ、耳元で囁いた。

「今日はシャワーで済ますつもりだ。手間を掛けるが髪を洗ってくれるか?」

行長の顔が一気に朱に染まる。
反則だ。耳が弱い事を知ってる癖に、その上伺うように頼み事をするなんて!

「し、しゃあないな。特別に洗ったるわ」

必死に平静を装う行長に、清正は口端を上げた。
確かに、身体だけならまだしも、洗髪となれば、右手だけでは不自由だと思っていた所だ。
もちろん、純粋な意味でありがたいと思った。

――だが。

「一緒に入るか?」

からかいを含めた口調で瞳を細めれば、

「アホ!シャワーだけや!」

真っ赤な顔で、見当違いな答えを口にしてきた。

(シャワーなら、一緒に入っても良いのか)

可笑しくて、つい、小さく肩が揺れる。






適温になったシャワーを足元から順にかけていく。
包帯の巻かれていた足首と手首は、骨に異常は無いというものの、やはり赤く腫れていた。
背中に視線をやると、湯煙りで見え難かったが肩に痣がある。

「肩も怪我してるやないけ」

気になる痛みではないのか、ただ言わなかったのか。

「そうか?お前がひっかいたヤツじゃないのか?」
「はあ?」

言われて背中をよく見ると―――確かにあった幾筋ものひっかき疵。前回のあの時のものだ。

気付いてしまうと、後は恥ずかしさが後から後から湧いてきてしまい、清正の方が見れない。
自分ではこんなにひっかいた記憶が無い。という事は、それだけ行為に溺れていたというようなもので、意識してしまうと、もう焦るばかりだ。

「せ、やのうて!肩に痣出来てんで!」

行長の変化を知ってか知らずか、清正の右手がゆっくりと肩にいき、痣のある場所に触れる。

「触ると痛いくらいのものだな」

これ位は怪我の内に入らないと言いたげだ。

「そか……あ、頭洗うで」
「ああ、頼む」

必死で頭を洗う事に意識を向け、顔に掛る髪を手櫛て後ろに回し、シャンプーを手に馴染ませ毛先から順に泡立てていく。

「そういえば、台湾の美容院で、席に座ったままシャンプーするっちゅうのがあったわ」
「そうなのか?」
「洗い流すんはどうすんやろ?思ったら、それは普通に椅子倒してなぁ。なんで座ったままシャンプーするんか意味解らんやろ?」
「そうだな」

喋りながら、耳の裏や項辺りをマッサージする様に洗っていく。

「そんでな。シャンプーの極めつけは、こうや!」

全体の髪を両手で挟み、上に持ち上げ、余分な泡が行長の手に集まっていく。

「簡易モヒカンの出来上がりや!」

見える訳ではないが、自分がどんな頭になっているかは、何と無く想像出来た清正は、苦笑を漏らす。

「それもやってたのか?」
「せや。ロングの女の子やってんけど、見事に立っとったわ」

モヒカンのお陰か行長にいつもの調子が戻る。

「後は〜流して〜サラサラヘア〜の為にトリートメントや!ちゃんと目瞑り」

言うが早いか、頭にシャワーをかけ、流していく。
そして先日、試供品で貰ったトリートメントでパックしはじめた。

「何も、ここまでしなくても良いだろ」

清正は少し呆れた声で言うが、何だか面白くなってしまっている行長は聞かない。

「エエやん。その間に背中洗うてやるし…」

背中、で再び思い出してしまった。

「行長?」
「ああ、何でもあらへん!せ、石鹸取って」

(俺ってホンマ、アホやん…)

ちょっと自己嫌悪に落ちつつ、モシャモシャとタオルに石鹸で泡立てる。

「おい。いつまで泡立ててる気だ?」

清正に声をかけられ、ハッと気付くと、床が泡だらけになっていた。

「ははっ…気合い入れ過ぎてかんわ…」

そうして、泡だらけのタオルで清正の背中を洗い始めた。

意識しないように思っても、やはり傷に視線が向いてしまう――そして、滑らせるタオルの動きを見ているうちに、行長は気付いてしまった。

(うわ…っ)

無意識に辿る、自分の爪痕。
泡の隙間に見えかくれするそれに、行長の心臓が跳ね上がる。

(俺の、アホ…っ!)

添えた手の平から伝わる清正の体温が、じわりと行長の中に忍び込む。
悔しいけれど、もう諦め気味な事だけど、自分はやっぱり清正が好きなのだ。

「……っ」

忙しさもあって、直接素肌に触れる事がなかったせいか、たったこれだけの接触に行長の喉が鳴る。

しかし。

「行長…」

気付かれまいと思った微かな変化は、とっくの昔に見抜かれていたようで。

「きよ…、ん」

振り返り様腕を引かれ、行長の唇が清正に塞がれた。

「や、服が濡れ…っ」

怪我が気になり、普段の様に振る舞え無い行長が小さく首を振る。しかし、求める気持ちは強すぎて。

出しっぱなしのシャワーが床に転がり、上に向いたシャワーヘッドから湯が雨の様に降り注ぐ。
とっさに出された行長の手が清正の左手首に触れ、喉の奥で痛みを訴える。

「あっ…ゴメン…」
「いや、大丈夫だ」

うつ向き、床に座り込んでしまった行長は、もう全身ビショ濡れだ。
顔に張り付く髪を、自由な右手で分けてやると、行長が伺うような目で見上げる。

「清正…俺の事、好き?」

目にあたるシャワーの湯が瞼を震わせ、顔を流れる様は、泣いているように映る。
泣いている訳ではない事は知っているが、清正は行長の目元に口付けを落とす。

「ああ、好きだ」

好き、という言葉だけでは足りない。しかし、聞かれた事だけに素直に答えると、行長の顔に気恥ずかしさの色が現れる。

「俺も、清正が、好き…」

膝立ちになり、清正と同じ高さになると、ゆっくりと顔を近付け、唇を合わせた。








間接照明の柔らかな明かりが、寝室の世界を淡く照らす。
ベットに腰掛け、バスローブに身を包んだ清正は、手首に巻かれた包帯に苦笑した。

「ずいぶん、大袈裟だな」
「喧しわ!ほら、足出しぃ」

処方された湿布薬に鋏を入れ、行長が清正の足元に膝をつく。
腫れて熱を持った足首に、ひんやりとした湿布薬が心地良い。

「包帯巻くし、ちょい足上げて」
「あぁ…ん?」

ぱたり、と膝に感じた冷たさを見遣れば、行長の髪から伝い落ちた雫であることに気がついた。

「髪、そのままだと風邪をひくぞ」

清正同様バスローブに着替えていた行長の、濡れた髪に指を差し込む。

「…っ」

不意に耳裏を擽られた行長が、微かに肩を震わせた。

「平気や…後で、ちゃんと乾かすしっ」

清正が髪を梳く度に、手当てを施す行長の手が止まる。
最後の留め金具を噛ませたのを見た清正は、ほんの少しだけ意地の悪い顔で囁いた。

「後って、いつだ…?」
「――…っ」

耳裏から首筋の弱い部分をなぞられて、行長が俯いたままシーツの端を握りしめる。
薄く色づいた耳たぶを、清正の親指がそっと触れた。

「行長…?」
「…後は後や、アホ…――っ」

膝立ちになった行長の太腿が、誘うようにローブからあらわれる。

「…――!」

微かに膝を合わせる仕種に、清正の右手が行長の腰を引き寄せた。

「や…っ」

ローブ越しに感じる、微かに変化した行長の分身。
風呂場で抑えていたモノが、津波のように押し寄せ、清正は奪うように口づけた。

「う、ん…っ」

痛む腕がもどかしい。
いつもならば、簡単に支えることが出来る体だが、今日はやはり思うようにならない。

「…――ちっ」

苛立ちに眉を寄せると、唇を離した行長が不安そうに見つめていた。

「清正…」

上気した顔に、戸惑いの色が浮かぶ。赤く熟れた唇を指で拭い、清正は申し訳ない気持ちで苦笑をみせた。

「すまん…今日は――」
「…俺がやる」
「――は…?」
「俺が、ヤッたる…っ!」

間が抜けたような清正の唇を、行長が再び塞ぎ込む。
膝立ちから中腰に体勢を変え、行長は噛み付くような口づけを何度か仕掛けると、

「俺が、欲しいんや!」
「!?」

ぐい、と清正をベットに倒し、裾を割って馬乗りになる。

「おいっ!」
「アホ!半端に焦らされるんが、一番厭や!」

わかるやろ、と小声で呟く行長の中心は、明らかにさっきよりも確かな形にローブを押し上げていて。
思わず喉を鳴らした清正は、自由になる右手で行長の掌を捕らえると、

「!」
「確かに、辛いな」

既に質量を持っていた自身に導き、苦く笑ってみせた。

(熱い…っ)

触れた清正の存在感に、思わず息を飲む。
身体を繋げる事に恐怖はないが、自ら清正を飲み込ませる事は、正直滅多にあることではない。

(あぁ…早まったかもしれへん)

我慢が利かずに自分が言い出したとは云え、羞恥心は消えるものではない。
だが、何故だか今夜は、それをおしてまで続けたい気持ちの方が強く、行長は目元を染めたまま囁いた。

「…冷たかったら、堪忍な…?」
「あぁ…」

手の平で暖めた潤滑液を、導かれた清正自身に塗り込んでゆく。
下から上へと、両手で握り込むように撫で上げると、微かに清正の顔色が変わるのが分かった。

「ふ…っ」

自分の手淫が見せた表情だと思うと、無性に堪らない気持ちになる。
まだ繋がってもいないのに、触れているだけで向こう側に行きそうになるのを必死に堪え、行長は意を決して息を詰めた。



「…――んっ、ふ…あ、ぁ…っ!」
「く…っ」

自分の体重を借りて、徐々に清正が入り込む。
一番嵩が張る箇所をやり過ごすと、後は一息だった。

「あ…っ、んんっ」
「っ――…」

清正が息を飲む。
充分に慣らしていた訳ではない為、行長の中は狭くかなりキツイ。
それは受け入れている行長も同じで、清正の引き締まった腹に置かれた手が小刻に震えていて、

「大丈夫か?」

その手に触れると、指を絡め握り込んできた。

「はっ…だ、いじょうぶ…や。ちょ…と待ってぇな…」

今動くから。と必死に動こうとする行長自身を、包帯で固定されていて上手く動かす事の出来ない左手でぎこちなく愛撫を与えていく。

「やっ…はぁん…んんっ」

左手によるぎこちない動きが行長には焦れったく、余計に理性が奪われるようだった。
快楽を求めようとする躯が自然と空いている右手を清正の手に添え、腰を揺らし始める。

「あっ…あん、ふっ…」

口から漏れる声が、まだ理性を飛ばしていない行長には恥ずかしく、手を握っていた指を外し口を塞ごうとした。
しかし、清正の手がそれを許さずに捕えてしまう。

「やぁ…きよ、まさぁ…手」
「っ…聞かせてくれ…お前の、声を」
「や…出来な…っ」

余裕の無い男の頼み事に、行長が小さく首を振る。
それもそうだ。この格好は、普段ならば強いてする姿であったり、1、2度達してからの、躯も心も解された後の姿なのだ。

(それが、今は自らが望んで、自らが動いている…)

それだけで満足すべきかもしれないが、男の欲は深く。

「ふ…っ」
「ひ!あ…っ、んっ!」

行長任せにしていた律動に、腰を使って別の動きを含ませる。

「聞きたい…素直なっ、お前の…っ」
「あっ、やっ、何…違うっ」

下から突き上げられる唐突な衝撃に、行長が清正の手を握りしめる。
足の踏ん張りが利かない所為で動きは鈍いが、張り詰めた行長には鍵が合った様子で。

「あ、ふ…っ、だめ、ぅあ…んっ」

止まらぬ嬌声を零しながら、弓なりにしなる様に、清正も限界を感じた。

「く…っ」

微かに、行長の内股が緊張する。
攻め時を知った清正が、一際深く腰を差し込む。

「イケ…っ」
「清、やっ、あぁ…っ!」

真奥に叩きつけられた清正の吐精に、行長の背中が震える。
ぱたぱたと腹を汚す行長の飛沫に、清正は満足そうに目を細めた。

そのまま後ろに倒れそうになる行長の手をひいて、清正は自分の胸に倒れこませる。
汗ばんだ体がピタリと吸い寄せられるように合わさり、行長は清正の心音を聴く。

(凄い早い…)

自身の心臓も早鐘を打っている。
互いの心音が合い、お互い相手を求めたという証拠のようで、行長は気恥ずかしさもあったが、嬉しさがこみあげる。
行長が心音を聴き、息を整えていると、清正が自由に動かせる右手で行長の髪をすく。雫を落とす程だった髪は、乾き始めていた。

「…行長」

髪をすきながら、愛しさのこもる声で名を呼ぶ。

「もぉ〜…ホンマ清正、イケズばっかや…」

言葉とは裏腹に行長は楽しそうだ。

暫く穏やかな時間を過ごし、息が整うと、普段はほぼ清正任せにしている後始末をしなければと行長が身を起こす。
離れ難いが、このままにしては、後が大変だ。

「大丈夫か?」
「ん…平気。清正は寝とって」

本当は足がふらつくが、清正に無理をさせる訳にはいかないから懸命にベットから降りる。
立ち上がった際、清正の放った物が内股を伝い、何とも言えない感覚と羞恥心で、しゃがみ込もうとする膝を叱咤して寝室を後にした。

そんな様子を見ていた清正は、行長が去った後、愉しそうに笑った。







バスルームとの距離を、こんなにも長くあれと思ったことはないだろう。

「あぁぁ…ごっつい、恥ずかし…っ」

自分の始末は手早く終わらせたものの、蒸しタオルを手にした途端に先程までの行為が蘇り、行長は重い足取りで清正の残る寝室の前に立った。

(呆れてもうたかな…)

久々で箍が外れたというか、ほんの少し歳相応な清正が可愛かったというか。
はしゃぎ過ぎた感がある自分に、年上なのだからもう少ししっかりしなくては、と自己反省を感じつつ、行長は静かに扉を開ける。

「……っ」

薄明かりに沈む、情事の跡が未だ色濃い寝室。

見えないところに隠れてしまいたい気持ちを押さえ、行長はベットの住人に声をかけた。

「清正、身体拭くもん持って…って、何や。寝てるん?」

脱力感とは、この事を言うのか。
気負った自分に羞恥を覚えつつ、湿ったシーツに顔を埋めて寝息をたてる清正に、思わず笑みが零れる。

「あかん…何や、今日の清正めっちゃ可愛えぇ」

起こさぬ様に、そっと汗を拭き取りながら、緩んだ包帯を巻き直す。
普段そつが無い分、多少の世話が出来る今がとても新鮮で、こんな時でないと、素直になれない自分達に苦笑が浮かぶ。

「まぁ…足が治るまでは、この部屋に居たってもえぇかな?」

額に掛かる髪を梳き、ゆっくりと顔を近づける。

「一人で風呂にも入れへん、こないな大怪我やさかい。放ってかれへん…しゃあないから、一緒に過ごしたる…」

言い訳と一緒に目尻に落とした、柔らかな口づけ。
清正の口元が微かに緩んだ事に気付いたのは、長い休日の始まりを知らせた壁掛けの時計だけで。
新しいシーツを取りに立った行長が、清正の狸寝入りを知ったのは、年も明けた後日のことでした。







MERRY CHRISTMAS!






終わり。


すみません。
めっちゃギリで…。

一応クリスマスネタですよ?

20061225   佐々木健&司岐望