時計
夕暮れの矢来区筑土町―――鳴海探偵社―――



「只今、戻りました」

一人の書生と真っ黒な艶のある毛を纏った猫が扉をくぐった。

「おかえり〜ライドウ」

夕日が差し込む窓を背に、くわえ煙草の探偵社所長の鳴海が相も変わらず暇そうに出迎える。

「どうだった?」

尋ねるものは、最近帝都を騒がす赤マントの事。

「特にコレといった情報はありませんでした…」

何しろ相手は神出鬼没。銀座という場所という事しか解っていない。
ライドウはマントを脱ぐとハンガーに掛ける。その行動を見ていた鳴海が気が付いた。

「ライドウ、ポケット何かぶら下がってるぞ」

鳴海の言葉にライドウと、既にソファの定位置へと移動していたゴウトもライドウのポケットへ視線を向ける。
ライドウのポケットからぶら下がっていたものは、銀色の鎖。先の部分は力が加わった様に歪んでいる。引き千切った―――そんな感じだった。

「何が付いていたんだい?」

鳴海が鎖の先からライドウの顔へ視線を移すと、普段より色の白い顔が青ざめている。
ゴウトも様子がおかしいと、ライドウに話し掛ける。

「雨厘!どうした?」
「ライドウ!大丈夫か?」

二人の呼び掛けに、我に帰る。

「あ…はい」
「余程大切な物なんだな?なんだったんだ?」

鳴海に問われ、ライドウは千切れた鎖を右手で包み、うつ向いた。

「懐中時計です」

ゴウトが目を細め、鳴海は手を顎にやり、考え込む姿をとる。

「父から貰った物です…」
「なんだと?」

ゴウトは目を見開いた。
葛葉の外から来る者は里に入る際、全てを棄てさせられる。里以外に帰る場所をなくさせる為に、葛葉として生きる為に―――

「すみません。ゴウト…」

うなだれるライドウにゴウトは溜め息を吐く。

「俺は構わん。別に咎めたりはしない。しかし、よく持ち込めたな。それを感心する」

「ライドウ、今日は何処をまわった?」

今まで考え込んでいた鳴海が口を開く。
ライドウは問掛けに驚きつつも答えた。

「今日は銀座を…」
「探しに行こう」

鳴海は上着と帽子を手にとり、扉に向かう。ゴウトもソファから飛び降りた。
それにライドウは慌てる。

「しかし、これは私の不注意で」
「落し物は早めに探す!探し物をする時は、一人でも人数が多い方が良い」

鳴海がウインクをし、

「戦闘は面倒だ。退魔の水を使え」

ゴウトが猫の仕草で伸びをした。

「…有難うございます」

帽子のツバを下げ、再びマントを羽織った。





―――中条区銀座町




到着した頃には、もうすぐ日が沈んでしまう頃だった。

「とりあえず、3手に分かれよう。一時間じゃ短いか」
「一応、それ位が妥当だろう」
「じゃあ、一時間後に、かまど屋酒店前な」

それを聞くやいなや、ゴウトは舞治屋百貨店を曲がって行った。

「大丈夫。見付かるさ」

安心させるように微笑むと鳴海も煉瓦通りを歩いて行く。
ライドウも今日あった事を思い出しながら、工事現場へと向かっていった。
銀座町は日が暮れても人は多かった。人にぶつからぬよう、落ちている物を見落とさぬよう歩く。
そして、工事現場近くまで来た時、胸の管からライドウに呼び掛ける声が聞こえた。

「オイラを出すホー!」
ジャックフロスト

「ライドウちゃん!おばちゃんも探したるで」
サティ

「さまなー。探シ物。オレサマ任セロ」
ケルベロス

「でも…」

私的な事だ。しかも、自分の落ち度で起こった事に、既に鳴海やゴウトを巻き込んでしまっている。

ライドウが躊躇していると、

「さっきも言ってただろ〜人手は多いに越したことはねぇ!」
ヨシツネの言葉に、

「うぉれたちはぁぁ!悪魔だぁぁ!たぁだしくはぁ!悪魔手どぅあ!!」
イッポンダタラが突っ込んだ。

「少し黙れ。ややこしくなる…」
オオクニヌシが嗜める。

「仕方ないね。チミのメモリアル探してあげるね」
モコイが言うのを、有り難く思った。

ライドウは人の居ない工事現場へ入り、管から仲魔達を出す。
仲魔達は時計の特徴等を確認すると、其々八方へと散って行った。


―――父から貰った懐中時計。幼い自分に少しでも寂しくないようにと渡された物だった。里に入った時から、あの時計が唯一の家族だった。大切な家族だった。無くしてしまった時、全てがなくなってしまったと思った。
しかし、どうだろう。自分にとっては大切な時計だが、皆には関係の無い物だ。それなのに―――






一時間後。かまど屋酒店前。

一番に戻って来ていたライドウの元にゴウトと続いて鳴海が戻って来る。

「見付かったのか?」

探しに行く前とは違い、スッキリした表情のライドウにゴウトが尋ねる。

「いえ、見付かりませんでした」
「そうかぁ…駐在にも聞いたんだが、届いてないっていうしな。誰かが持っていっちまったかなぁ…」

頭を掻く鳴海に、ゴウトが思い付く。

「戦闘時に切れたのなら異界かもしれんな」
「じゃあ、そっちに…」
「もう、良いんです」

ライドウの声に鳴海とゴウトが揃ってライドウを見る。その顔には笑みが浮かんでいる。

「だけど…」
「私の為に探して頂き、有難うございました」

深々と頭を下げる。

「…時計は私にとって、家族でした。なくなってしまった時、…独りになってしまった…そう思いました。…でも、私は独りではなかった」

―――鳴海さん、ゴウト、仲魔達。皆さんが居ました。

「有難うございました」

再び頭を下げるライドウにゴウトは「ふんっ」と悪態を付き、鳴海は照れくさそうに笑った。





―――次の日

学校から戻ったライドウを鳴海が手で招き寄せ、縦長の箱を手渡す。

「はい。プレゼント」
「え?」
「俺とゴウトからね」

とウインク。ゴウトを見ると、そっぽを向いて、此方を見ようとしない。

「プレゼントだなんて…」
「いいのいいの。ま、開けてみてよ」

言葉に促され、箱を開くと、銀色の腕時計が納まっていた。

「時間が解らないと困るだろ」
「いや、あの…」
「返されても困るよ。俺は俺に一番似合ってる時計してるし、ゴウトには必要ないし。ね」

気遣い無用だという事。
ライドウは心から感謝した。

「有難うございます」
「どういたしまして」

鳴海に礼をいうと、先程から此方を見ようとしないゴウトの元へ行く。

「ゴウト。有難うございます」
「今度無くしたら、引っ掻くぞ」

此方を見ないまま、尻尾を振る。

「無くしません。大切にします」

銀の腕時計がライドウの左腕で新たな時を刻み始めた。


私は独りじゃない。






終わり


久しぶりにライドウ話。
皆ね。ライドウが大好きなんです☆

20061104   佐々木健